不乱苦

アイアンクローの不乱苦のレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
5.0
プロレスには詳しくなく、登場するレスラーについては全くわからないまま鑑賞。

俳優陣の力強い演技に魅了された。彼らの肉体が、リングの上で、芝生の上で、飲み屋で生き生きと躍動する様子を観ているだけで心が躍る。特に主役となるケビンの喜び、不安、怒り、悲しみを全身で見せる表現力が素晴らしく、年を経るごとに変わっていく彼の心理描写は、飽きることなく最後まで観れてしまう。

前半、仲の良さをこれでもかと見せつける兄弟たちの絆と、若さを迸らせながら栄光の道を歩んでいく様子はとても楽しい。男兄弟にも体育会系にも縁の無い人生を歩んできたが、こういうシーンを見ていると、ちょっと羨ましくなってしまう。それほど楽しくてかわいいのだ。

その後、兄弟たちが次々とこの世を去っていくくだりは、あまりにも性急かつ残酷すぎて、かえって作り話、そして下手な脚本に思えてしまう。しかし事実は「実はもう一人死んでいる」という恐ろしさ。この反転が、映画の肝なのかもしれない。

さて、この作品の評判を見ていると、父フリッツ・フォン・エリックが息子たちを死に追いやった、と彼の毒親ぶりを強調する評論が度々目にしたが、果たしてこの映画はそんな話だろうか。フリッツは昭和の父親像としては平均値ではないだろうか。あの頃の父親とは、我が子を後継にする、自分の叶えられなかった夢を我が子に求めるなど当然。子供の将来を子供自身にに任せるなどという「進歩的な親」は、今ほど当たり前の存在ではなかったはずだ。
そして彼が毒親だというのなら、母親はどうだ。信仰にかまけて何の努力もしない。相談してくる子供に言い放つのは、二人揃って「兄弟で解決しろ」。似た者夫婦ではないか。息子たちと一緒に汗にまみれ、最後の登場シーンでは晩御飯を作らず絵を描く妻の姿を見てしょんぼりしてるフリッツのことを、ポンコツで頓馬で何もわかっていない男ではあるがわたしはそこまで悪人のようには見なかった。もちろんそれは映画として脚色されて魅力的な俳優が演じているからで、実在の人物は違うのかもしれない。しかし一つの作品として観た場合、そう感じさせる作りになっていなかっただろうか。

映画は「呪い」の正体をはっきりと明言しない。監督の中には答えがあり、それが場面場面には描かれている気もするが、劇中では解釈を委ねてくれているところに拍手を送りたい。
不乱苦

不乱苦