くりふ

カサンドロ リング上のドラァグクイーンのくりふのレビュー・感想・評価

4.0
【わたしは生きのびる】

アマオリ。まったり演出が時に苛つくが、題材時点で興味深く映画的で、示唆に富む物語。学ぶだけでも見る価値あるかと。80年代の話だが、現代の方が冷静に受け取れますね。

マチズモの抑圧にクィアで挑むやさしき男、その心の旅路。伝記が基ですが、舞台がルチャ・リブレだったことがより、テーマを引き立てています。

カサンドロことサウル・アルメンダリスの実人生は、劇映画として加工されている模様。例えば影響大だったらしい、カサンドロ生みの親ベイブ・シャロンは登場しない。サウルの周囲を女性で囲み、ドラァグ男としての闘いを際立たせるためでしょうか。

サウルの性自認はゲイだが、“どんな時も自分を偽らないこと”を決意、キワモノ扱いのヤラレ役だった“エクソティコ”として、今度はリングでの勝利を目指す。歴史的にも実際、カサンドロが初めて世界王座を獲得したことで、エクソティコへの評価が変わったそうですね。

時代錯誤的に言えばまさに、“オネエ版ロッキー”でしょう。

“筋書きのあるドラマ”プロレスの玉虫色部分が、性差別へのエアポケットともなっていて、映画としても巧く使われている。観戦客は現金なもので、熱狂できれば性別関係ないのね。

しかし、リングの外に出れば途端に、筋書きなき厳しいドラマが待っていて…。

ドキュメンタリー出身の黒人監督は、ガエルくんの愛嬌を忘れぬ好演も得てさっぱり、見易くまとめている。キワモノ臭はなく、現代の映画なのだとホッとする。

本人が演じる実在の大スター、エル・イホ・デル・サントと対戦したのは史実だが、リングアウト後の展開はどこまでゼーレのシナリオ通りか?不思議な演出だが、エクソティコをこれからどう、世の中に認知させていくのか?という含みがあって、思わず考え込んだ。

また、いったん成功した後、艱難辛苦の経緯をショートカットしたのはナゼだろう?

その他、アレ?と心が冷める箇所も幾つかあった。ネタの鮮度でそれらは薄まるも、個人的には惜しいな、と思ったところ。もしや、劇映画に不慣れな監督の迷いだったのか?

サウルは“自分を偽らない”で夢中で走っただけ。だから終盤露わになる“後続”には驚いたでしょうね。あの感激も語りのヌルさを吹き飛ばしました。個人的には『ミルク』も連想。

それでも、ラストをあの2人で締めたのは、ドキュメンタリー監督らしい厳しさではと。“こうなりたかったわけじゃない”のなら、今から少しずつでも変えればいいのに…。父親はカトリックの強信者らしいから結局、問題の根っこはそこだと思うけれど。

メキシコでは、性的少数者を標的とした殺人が増える一方、彼らを守る法改正が、本作のもう一方の舞台、テキサスよりも進んでいるそうだ。カサンドロの苦闘も反映されたのでは?

“自分を偽らない”と、残念ながら命さえ狙われる。カサンドロは初め、入場曲にグロリア・ゲイナーの“I Will Survive”を選びますが、パワーソングである一方、曲名の意味が重くのしかかって来るのでした。

<2023.12.11記>
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