明石です

軽蔑 60周年4Kレストア版の明石ですのレビュー・感想・評価

軽蔑 60周年4Kレストア版(1963年製作の映画)
5.0
「映画は欲望が作る世界の視覚化である」

戯曲家を志望しつつミステリー小説を書いてそこそこ売れてる男が、売れっ子の脚本家に転身してからというもの、妻との関係がうまくいかなくなる。妻は夫が「映画人」と付き合い始めてから「人が変わった」と言い、夫は夫で、妻の「心変わり」の理由を探す。しかしその、女性の顔色を伺ってあれやこれやと気に病んでいる姿が、妻からは情けなく見えてしまい、それが、タイトルにもある通り「軽蔑」に繋がってしまう。

文章にするといやにシンプルで、どこにでもある物語を、この頃のゴダールにみなぎっていた前衛的な撮り方で、世にも美しい映像美とともに堪能させられる。初期ゴダール作品の不動のヒロイン、アンナ·カリーナが別の映画で出張っていたため出演できず、かわりに、ヌード女優のブリジット·バルドーがヒロインを務めての撮影されたとのこと。京都のミニシアターで演っていた4Kリマスター版を、上映期間最終日の1日前に滑り込んで鑑賞。画面が暗くなってから明るくなるまでずっと面白かった、、最高の映画だこれは。

まず映画内で語られる物語が、隅から隅まで真実であることが、20年と数年生きてきただけの私にも分かりすぎるほど分かってしまう。とりわけ、恋愛と破局というものを経験したことのある人にとっては。バルドー演じるヒロインは、夫への愛が冷めるや、「窓が空いてたら寝れない」とか、あらゆる理由を見つけては、彼と寝るのを断る。「昔はお互いが喜び合い、全てが無意識のうちに過ぎ去って、魔法のような気軽さだったのに」。

愛がなくなるのはどちらのせいでもないけど、苦しむのはどちらも同じで、昨日までは愛していたのに、今日は愛していない」いう女性の感情が、男には理解できない。でも女性の方も理屈で理解してるわけではなく、心が離れている自分に罪悪感を抱き、その罪悪感が、さらにパートナーとの関係に溝を作ってしまう。あれやこれと思い悩み、妻を問い詰めた末に彼女の口から出てきたのは、「軽蔑してるの。だから愛せない」。おそらくそれがこの映画の主題で、その台詞を経て「あなたのせいじゃなくて、人生のせいよ」と、なんだか殺人を太陽のせいにした『異邦人』の主人公ムルソーの如く滅茶苦茶な論理に(男の側から見れば)飛躍していく。でも女性の側からすれば全然飛躍ではなく、「昨日まではあった」愛が「今日にはなくなっている」というのが、男には理解できないだけ。一鑑賞者として、これは彼女の側に理があると思ってしまう笑。

そして言うまでもなく、男が、自分を愛さなくなった理由を女性に尋ねれば尋ねるほどに愛は冷めていく。相手の気を引くためにあれやこれやと心を砕くほどに、男らしくないと軽蔑される。そんなこんなを経て、最後には、この時期のゴダール映画の多くがそうであるように、妻は他の男と駆け落ちした末、唐突にして暴力的な死を迎えてしまう。しかしそれは、夫(元)にとってさほどの悲劇ではない。なぜなら、彼女の愛がなくなるのは彼女が死ぬのと同じだからであり、もはや愛がなくなった以上、死んでもさほど悲しくはないということ(この部分には個人的には同意できないけど、映画がそのことを語りたかったのはよくわかる)。

また、好きに小説を書いていた頃はうまく行っていたのに、映画の世界に足を踏み入れると云々、という本作の根幹をなすストーリーは、批評家から映画監督に転身したゴダール自身の経験が元になっているのは明らかで、本作の数年後に破局することになるアンナ·カリーナとの愛を遠回しに語ったものだとも読める。そう考えると、カリーナが本作に出演していないのは、「他の映画に出ていたから」ではないのかもと邪推してしまう笑。それは(まさに本作で語られるように)女性に特有の、自分でもそうとは意識しないまま別のところから引っ張ってくる持って回った理屈で、彼女が出られなかったのは、これがあまりにゴダールと彼女自身の物語だからだったのではないかとも。事実、初期のゴダール作品には、自分がその才能を見出したはずのカリーナに愛されなくなることを恐れていたような節が多分にある。そしてそれが初期の作品作りの原動力になってた感も、、ああ、だからミューズなのか。

作品の大部分をなす室内劇では、赤をアクセントにした独特の配色で魅せ、屋外では、ゴダール映画にしては珍しいロングショットが用いられる。そして、しつこいほど(本当にしつこいほの笑)にドリーを多用し、色んな場面をカメラを横移動させながら収めるこだわりの構図に、前衛作家ここに極まれりといった感慨に浸らせれる。後期のゴダール作品が必ずしもそうではないのと対照的に、それらの実験的な撮影技法は全てばちっとハマっている感がある。本作の映像美を、世にも美しいとか言ったところで、私の中ではあんまり誇張ではない。

てなわけで、私がこれまで観たことのある中では、おそらくゴダール史上最高といっていい映画でした。一応再鑑賞という形にはなるのだけど、やっぱり映画館で観るのは違うなとも。特にこれだけ映像にこだわった作品となれば。あと彼のフィルモグラフィをあらかた見終えた後でこの初期作品に戻ってくると、ちゃんとストーリーがあるだけでゴダールの映画ってこんなにも面白いんだなあと再確認できた笑。そこそこには好きだった映画を映画館で見返すと、めちゃくちゃ好きな映画になることがよくあるから、これからも過去作の4Kリマスター版とかは積極的に足を運ぼうと思う。

—好きな台詞
「感情が論理に反するのは論理的なことだ(コルネイユ)」
明石です

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