ヨーク

わたくしどもは。のヨークのレビュー・感想・評価

わたくしどもは。(2023年製作の映画)
3.8
予告編でスピリチュアルな感じの映画だろなぁ、と思ったのだが肝心の本編の方も大体そんな感じで予想以上のことは特にない映画だったな…というのが第一印象でした。そう書くとイマイチだったのかと思われそうだけど個人的には割と良かった。いい意味での雰囲気映画って感じですかね。ものすごく深い思索とかものすごく鋭く現代の世相を斬っているとかはないけれど、なんかすごく落ち着いて優しい映画だなって思ったんですよね。
お話は非常に分かりづらいというか掴みづらい感じなのだがまず具体的にあらすじを説明する前に本作は予告編の冒頭で「生まれ変わったら一緒になろうね」と小松菜奈が言って清水の舞台みたいなロケーションに立ってる小松菜奈と松田龍平が映されるんですね。んでその後は舞台となる佐渡島の美しい自然を背景に大竹しのぶとか田中泯といった他の登場人物が紹介されるのだが、そこに合わせて字幕で“現世と来世の狭間で彷徨う魂たち”と出るんですよ。これはまぁ100人中98人くらいは何らかの理由で心中した小松菜奈と松田龍平がこの世とあの世の間で何やかんやする話だと思うだろう。結果から言うと正にその通りのお話です。というかそれだけのお話しと言ってもいいかもしれない。
いや、じゃあめっちゃ分かりやすいじゃん! 分かりづらいというか掴みづらい感じとか言ってたのは何なんだよ!? と思われるかもしれないが、実際に映画の中では予告の字幕に相当するようなナレーションとかは一切なく、登場人物のセリフも極々少ない作風なのでぶっちゃけ何がどうなってるのかよく分からないんですよね。予告通りに冒頭で小松菜奈と松田龍平が飛び降り心中するらしきシーンはあるのだが決定的なダイブのシーンはないしその後地面に叩きつけられた死体の描写もない。予告編では現世と来世の狭間と言われているが舞台は佐渡島で小松菜奈は大竹しのぶとその家族と思わしき娘二人に出会った後、鉱山の近くにある施設で館長(田中泯)と呼ばれる人に清掃の仕事を貰ったりもする。それは一見すると都会での生活に疲れた人が大自然あふれる田舎でシーズン限定のリゾートバイトでもしているような風情である。それも全くそれまでの経緯の説明などないままに。
本作は終始そういった感じで説明的な部分がほぼないんですよね。まぁ何となくこうなんだろうな、ということは分かるけどそれ以上のことは分からない。小松菜奈と松田龍平が心中をした理由も分からんし現世と来世の間の世界で清掃をするということもよく分からんし田中泯がどういう存在なのかもよく分からんし、そもそも本当にメインの二人は死んだのか? ということもよく分からん。でもきっとそうなんだろうな、と類推できるくらいのことは描かれている。上で俺はこの映画に優しさを感じたと書いたがその優しさを感じた箇所というのは大きく二つあって、その一つ目が何んとなくしか分からないということでした。
いやだって最近に始まったことじゃないのかもしんないけどさ、ここ10年くらいはSNS文化が急速に発展して可視化されただけなのかもしれないけどネット見てるとミステリアスかつセンセーショナルな内容の映画や漫画とかに対して「あのシーンはどういうことだったの!?」みたいな疑問が噴出して、それに対して「あのシーンは実は聖書の一説が云々かんぬんで…」と説明したがる人が現れたりするじゃないですか。んでそのやり取りがバズって「あんな意味不明な描写だったのにちゃんと正解があるこの作品すげー!」とか持ち上げられたりするわけだ。俺はそれが凄く嫌いなんですよね。その作品が持つ豊かさというのを全部吸い尽くして身内と盛り上がるためだけに消費してるっていう無粋な感じがして。秘密は秘密のままでいいし、俺はこう思うぜ! っていうのが観た人の数だけあればいいのに共感で盛り上がりたいからこれが正解なんだというものを作り上げて流布しようとするのが、なんか嫌いだし残酷だと思うんですよ。その作品が本来持っているはずの余白をわざわざ塗りつぶしているような気がして。それでいくと本作『わたくしどもは。』では多分こうなんだろうけど何とも言えないよねっていう余白がかなり広めに取られていて、それは意図的なことだと思うので優しいなって、なるんですよ。
もう一つの優しさは自殺者に対する目線ですね。これは小松菜奈と松田龍平が自殺したことを前提にした仮定になるが、流石にそこは間違いないであろうと思うので書いてみる。俺の価値観でいくと自殺というのはかなり罪深い行為であって他殺と同じくらいにはやっちゃいけないことだと思ってるんですよ。だって他人か自分かという違いこそあれ人を殺しているわけだからね。そして自殺というのは誰か(もしくは何か)に殺されるということ以上に遺された者に無力感を与えてしまうと思う。家族や友人が何らかの恨みなどで誰かに殺されたというならその犯人を憎むことができるし理由次第では仕方のない因果だったと納得することはできよう。そのような因果の無い無差別殺人に巻き込まれたのだとしてもそれはそれで意味などない理不尽さに憤ることはできる。でも家族や友人が自死を選んだ場合、どうしようもないほどに遺された自分に価値が無かったのだということを突き付けられるようでこれ以上ない無力感を覚えてしまうと思うんですよね。だから俺は自殺は他殺以上に罪が重いことだと思う。でも本作ではそんな自殺者が主人公なわけだけど、彼らは魂レベルで絶対に救われないのだろうかというとそうでもないんじゃない? という風に描かれるんですよ。他人を殺した者が人が定めた法の範囲内で刑期を終えた後にあくまでも社会的には赦された存在として社会復帰する事例が実際にあるように、自分自身を殺してしまった者にもその先で許しがあってもいいのではないだろうかということを本作は描いてたと思うんですよね。それは凄く優しいなって思うんですよ。俺は身近にいる自分が好きな人が自殺したら赦せないと思うもん。なんで不可逆的な選択をする前に俺に相談してくれなかったんだって。でもそれも今は無理でもいつかは許すべきだし、そうすることでしか自死を選んだ人は本当の意味で赦されないんだろうとも思えるのでこの映画で描かれていることはとても優しいことなんだと思うんですよね。
まぁそういった普段はあまり意識しないようなコムツカシイことが描かれてる映画で、非常にアーティスティックな作りになっているので万人にオススメという感じではないのだけど面白かったですよ。最初に書いたことに戻ってしまうが、非常にスピリチュアルな内容ではあるものの、魂のレベルを上げるためにこうしろああしろというのは一切なくてある意味では緩いとさえ言ってもいいくらいの良い感じの雰囲気映画です。お話しらしいお話なんて無いから面白いとかそういう感じではないんだけどね。
映画全体はあまり動かない落ち着いたカメラと佐渡島の緑がメインの目に優しい色彩でスヤァの波も来てしまうが、結構好きな映画でした。ちなみに上記したように無粋になるからあんま書きたくはなかったが、多分不倫の果ての自殺の連鎖なんだろうなぁと思わせる内容なんだけどそこはもっと違う可能性を探したいところはあるので、実はこうだったんじゃね? と思う人はネタバレ有りでもいいからガンガン感想書いてほしいですね。面倒なら俺に直接コメントでこういう経緯なのでは? と言ってくれてもいいよ。
まぁぶっちゃけ雰囲気重視の映画なのでそこまで面白いってもんでもないんだけど、この感想文を書いてる時点でフィルマークスの平均3.2というのは低すぎないかと思うので、事前に付けようと思ってたスコアよりやや高めのスコアにしておきます。いや、平均3.6~3.7くらいはあってよくないかな。まぁそこはどうでもいいが…。
あと役者陣は名優ばかりだけどその中でも大竹しのぶはやっぱすごいね。作品の非常に重要かつ唯一の説明的と言えるシーンを担っていたが、あの語りはやっぱすげぇわ。面白かったです。
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