これは面白かったですね!
ぶっちゃけ予告編の時点で(これは…!!)と引っかかるものがあったので楽しみにしていた作品なのだが、予感的中で当たりでしたね。予告を見て、これ面白そうだなー、と思っていたものが実際に面白かったというのは映画好き冥利に尽きるというものです。そんな『西湖畔に生きる』でした。
まぁそれはともかく、本作はあの『春江水暖』のグー・シャオダン監督の作品で基本的には似たテーマの作品であり、要は大自然の営みと人間の営みとを対比して描きながらその差異と共に普遍的な人間の生活を描くといった感じの物であります。それは予告編を見ても一目瞭然で、本作の予告編ではまず大自然の中でお茶摘みをする女性の姿から始まる。でも家族関係やらのあれこれが何だかんだあって、大変なことになっていきそうだなー、という予告編なのであるがその大変な感じというのが『春江水暖』ではあんまりなかった要素で、金に狂う人々という姿なんですよね。そのパートを予告編で見て俺は「超面白そう!」と思ったのであった。第一印象は『カイジ』で債務者たちが血眼になって一発逆転のギャンブルに群がるようなイメージだったのだが、ギャンブルこそないものの本作は確かにそういう人間の業や欲を描いた映画だったので俺の見る目は中々正しかったなーと思ったのであります。
肝心の内容がどういうお話しであったのかというと、マルチ商法にハマった母親とその母を救おうとする息子のお話しである。
上で少し触れたように本作はお茶摘みに関わるシーンから始まる。ただそれは正確に言うと茶葉を摘むシーンではなくて、冬から春になる時期に行われる山起こしと呼ばれるいわゆる豊作祈願のようなもので山の神様に目覚めてもらい、たくさんの恵みを私たちに与えてくださいねー、ということをお祈りする儀式らしい。正に古き良き人間と自然との共生の在り方を描いたようなシーンで、実に『春江水暖』を撮った人っぽいな~となる。ただそこから物語は急転直下、ダブル主人公と言ってもいい構成の本作だがその一人もは冒頭のシーンで描かれた茶摘みに従事する中年の女性。夫と別れた彼女には大学を出たばかりの息子がいて一緒に暮らすことを夢見ているのだが茶摘みではまとまった金は得られずその夢は叶いそうにない。そればかりか不当な理由で茶摘みの仕事も解雇されてしまうのだが一緒に解雇された同僚に新たな仕事を紹介してくれるのである。すぐに新しい仕事が見つかるなんてラッキーじゃん、と思ったのもつかの間、その仕事というのは死ぬほど胡散臭い健康グッズを売るというどう見てもマルチ詐欺だろという仕事だったのだ。そしてもう一人の主人公は彼女が一緒に暮らしたいと願っている息子なのだが、彼も彼で大学は出たもののロクな仕事がなくて母親と似たような胡散臭さ全開の会社に勤めるのだがまだ若くてそこまで人生が詰んでいないおかげか、彼はある出来事をきっかけに(俺がやってる仕事って詐欺じゃん?)ということに気付いてその仕事を辞めることはできたものの、その後に久しぶりに会った母親に会ってビックリ。これ完全にマルチに詐欺にやられてますわ、ちょっと前の俺よりヤバイ状況ですわ、となって全力で母親の目を覚まさせるために奔走する、というお話である。
要約すると上記したようにマルチにハマった母を救うお話、というだけのものなのだが、長々と細かい設定まで書いてしまったのは本作に於ける主要モチーフの悪徳商法なのだが、それは法に反する詐欺というだけではなくてある種のカルト宗教的な側面も持っていて、主人公である母親の方もただ金が欲しいだけではなくて自身の魂の救いを求めて自ら進むようにしてマルチ商法の世界にどっぷりと浸かっていくんですよね。
繰り返し書くと母の方の主人公は夫と離婚して息子だけが生きがいで彼を大学に入れるまでは頑張るのだが、その息子は自分とは違う場所で生きていくこととなり自身の失職も重なって共に息子と生きていく未来はなくなるわけです。んでそんな時に息子が寄り添ってくれたかというとそうでもなく、息子は息子で自分の就職とかで大変なんだから仕方ないけど母親が大変なときに側にいてあげることができなかった。そういうことが重なって母親の心がぽっきりと折れるわけですね。あんなに頑張って大学まで行かせた息子も自分が大変なときに助けてくれない。自分は誰からも必要とされていない、と。
その心の隙間にするりと入って来たのが問題のマルチ詐欺の会社で、奴らは我々は仲間だ、今までクソみたいな人生で良いことなんて一つもなかったがこの会社に入って会社から買った商材をみんなで協力して売っている間に我々は家族よりも濃い関係になれたのだ! となんかそのようなことを研修会的なイベントでぶち上げてくるわけですよ。往年のバブル期のダンスホールのようなけばけばしいキラキラパーティー会場で成功者(マルチだが)が語るこうして俺は勝ち組になった! 的な体験談を聞きながら何もかも失った元茶摘みのおばさんは感化されていくわけです。畳みかけるように「発狂してでも人生に勝てッ!!!!!」という叫びがこだまして「わが社では3人までしか勧誘しないからマルチではない!!」とも続く。いやマルチだろ、とスクリーン越しに見ている俺は半笑いで思ってしまうが、母の方の主役はまんまとそこに乗ってしまうわけです。
だって他に信じられるものがないからね。確かにお金にも困ってたけど、彼女はそれ以上に自分が生きている理由を見失ってたんですよね。だからそこに付け込まれてしまった。熱狂的な詐欺会社のイベントで浮ついた気持ちになったというのもあるとは思うが、本当のところはそこだと思いますよ。そして詐欺会社の方もそのことは分かってるからカモになる相手の心を掌握するために勉強会的な会合を開いて、その参加者たちに自分が今までどれだけ無為な人生を送って来たのかを語らせ、会社の同僚たちが温かい拍手でもってその告白を受け入れるという場所を作るんですよ。母の方の主人公に当てはめるならば、結婚はしたけど上手く行かずに離婚して女手一つで息子を育てたものの全然自分のことは顧みないしこの先一緒に暮らしていくこともできないし理不尽な理由で失職した、とそのように語れば同じ詐欺会社の同僚が「よく打ち明けてくれた!」「君は酷い境遇にいるが一人じゃない、我々が仲間だ」と拍手をしながら受け入れてくれるわけです。
これはマルチ商法であると共にカルト宗教がその信者を増やす方法と同じなんですよね。そして本作はその描写が非常に上手い。それはマルチ詐欺やカルト宗教のように人の心の弱さに付け込む生業の描き方が上手いというだけでなく、それらと同じような誘惑は人間の営みのどこにでもあるのだということを示唆する描写のさりげなさが上手いんですよ。上記したように行く当てのない母が自身を受け入れてくれたと錯覚した詐欺会社の研修会とか勉強会では、自分の心情を吐露した後に必ず拍手で迎えてくれるのだが、それって今ならSNSで言うところの“いいね”と同じなんですよね。本作を観ながら、こんなあからさまなマルチに引っかかるかよ、と思いながらもSNS上でいいね欲しさにそれらしく振る舞ってしまうということに心当たりがあるなら、アナタ結構ヤバいですよ? と本作は言うのである。
ただ、それは正に人の営みなので中々そこから自由になることはできないということも本作は押さえていて、だからこそ最初に書いたようにその人の営みと対になる大自然の営みも描かれるわけです。そこの構成は実に上手く効いていて良かったのだが、その対比が上手くいったのはとにもかくにも中盤の金に狂う母親パートが過剰でパワフルで強烈だったからというのがあるだろう。実際本作で面白かったのはその中盤の地獄を煮詰めたようなパートでした。大体が会社の商品を社員に買わせるとかいう時点であり得ない話なんだけど、それをやらせてしまえるのは金に困って判断力を失っているということと同じくらい、自身の人生に救いがないという精神的な充足を求める心理が作用しているんだなぁということがよく分かる映画でしたね。
ダブル主人公と言ってもいい構成、と書きながら終始その片方である母親側のことばかり書いてしまったが、その理由としてはもう一人の主人公である息子の方は母をマルチ詐欺から救うために中盤からはある種のヒーロー然とした活躍を見せるので、物語の中心ではあるものの特にあんまり言うこともないよなっていうところがあったためでした。息子が母を救うために頑張るシーンも面白いけどそういう面白さは他の映画でいくらでもあるからな。本作の見どころはやはり金と自分を受け入れてくれる他者に狂っていく母親の姿でしたよ。
ただ、序盤の終わりくらいに主人公が我に返るシーンで雨が降っていて、且つ雨音が強調されていたシーンが象徴的だったのはある。雨は都市部でも感じることができる自然の一端として非常に効果的な演出として使われていましたね。あのシーンでこの映画の骨子というかテーマがスッと理解できたからね。人間と自然の営みを対比して描いた映画として、そのどちらの描写も非常に高水準で面白い作品でした。個人的には人間パートのどうしようもない愚かさと悲しさにグッときたが、冒頭とラストを締めくくる大自然の圧巻の美しさも素晴らしかったです。
これは面白い映画だった。おすすめ。