ミシンそば

九十歳。何がめでたいのミシンそばのレビュー・感想・評価

九十歳。何がめでたい(2024年製作の映画)
3.9
新聞の人生相談に、第四の壁を突破して介入した時点で、名作の気風を感じたが、同時に着地する場所も分かった。
草笛光子さんの生誕九十年作品であると同時に、その草笛さんが昨年百歳を迎えて現在も存命の佐藤愛子さんを演じる、気楽に観るべきコメディ。
時系列は大分狂っているけど、年賀状のコスプレも含めてほとんど実話…かもしれない。

世知辛い現代の、生きづらさへの向き合い方を、佐藤愛子と言う「古いまま折り合いを付けてきた」人間と、吉川真也と言う「古いまま折り合いを付けられずにいて、自身も周囲も知らず知らずに苦しめている」人間の対比で以て描く作品なので、古さを逆手に取っている描き方、古いがゆえの視点の広さと狭さが前面に押し出されている。

あと十年若かったらそんなに面白いとも感じなかった小粒気味なストーリーだが、日常の中に遍在するちょっとした不満を、九十歳まで生きて、その人生の大半を作家として(ここは観進めていくうちに「人間として」に変化する)費やしてきた佐藤さんだからこそ、サッと出せる金言で以て伝える。
少し考えれば至極当たり前だけど、現代の喧騒の中で気付くことさえ忘れるようなことを当たり前にぶちまける。
その中でもやはり、子供の声を騒音だと思う、云々の老害思想にガツンと言ってくれたのには素直に胸が空いた。
誰もが出来そうで余裕のなさから結局出来ないことを、佐藤さんがやってくれることに爽快感を見出すのは、多少なりとも自分も生きづらさを感じているからなのだろうか。

吉川も編集として佐藤家と交流することで気付きを得るけど、ありきたりなハッピーエンドへは当然着地しない。
爽快さと苦さが連鎖するこの手の作品を、ゆっくり咀嚼するように良い映画だったと思うのは、多少なりとも年を取ったって事か(だから最初に、あと十年若かったらとも言ったが、十年前は今より病んでたかもしれないから一概には言えないかも)。

宮野真守が出てることは分かってたけど(実写で観る彼の演技はいつもくどい)、修理業者役でオダギリジョーが唐突に出てきたのには正直びっくりした(あんな覇気のある修理人おらんて)。
同題エッセイの続編の要素も含んだ実写化だが、ちょっとだけ続編の方の映像化も観てみたくはある。