パングロス

映画 ○月○日、区長になる女。のパングロスのネタバレレビュー・内容・結末

2.7

このレビューはネタバレを含みます

◎広場で直接対話するミュニシパリズム市民革命

2022年6月の杉並区長選挙で、3期12年続いた保守系現職候補を187票の僅差で破り、新区長に就任した岸本聡子の、立候補から当選、翌年4月の区議会議員選挙の結果までを追ったドキュメンタリー。

「みんなのことは、みんなで決める」
「選挙は続くよ、どこまでも」
‥区長選当選に際して、万歳三唱に替えて支援者とともにコール&レスポンスしたスローガンの一節。

「杉並の市民革命です。」
‥岸本聡子候補当選の報に接した支援者の発言。

杉並区と言えば、中央線沿線の高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻窪に代表されるように、東京郊外にありながら、下町を思わせる庶民的な街並みと自己主張の強い市民文化で印象づけられた地域である。

パンフレットに津田大介が執筆した文にあるように、古くから住民運動が盛んな地域でもあった。
ところが、そうしたリベラルな住民気質が強い地域にも関わらず、政治的には衆議院の石原伸晃が当選し続け、前々区長には「つくる会」の山田宏がやはり3期11年つとめるなど「自民党王国」としての側面も見せる複雑性があるという。

ここに、折しも区長改選を前に、都市計画道路の着工が、住民無視のまま区長や保守系区議らが主導する形で進められようとしていたのを見直すよう訴える市民運動が起こった。
彼らの声の代弁者として、白羽の矢が立てられたのが、ヨーロッパでNGO職員として長らく活動し選挙の2ヶ月前に帰国したばかりの岸本聡子だった。

岸本の政治理念を表すミュニシパリズム(地方自治における住民が直接参加する政治のあり方)の主張が、選挙運動を通じて、実際に投票率を5.5%アップさせ、杉並区史上初の女性区長の誕生を果たすことができた。
少し前には、全く無名だった候補の政治理念が現実に具体的な形となって区政の形を変えていくさまは、確かにドラマティックで感動的ではある。

ただ、本作のペヤンヌマキ監督は、自分の住まいが道路拡張工事による立ち退き対象だと知るまで政治に無関心だったと告白している。
正直、せっかく地方自治の新たな姿を探る好個の題材を扱う機会に恵まれながら、この監督の政治的無知は、かなり致命的と言うべきである。

区長選がメインでありながら、対抗する現職や、彼を支える保守系区議や支援者の姿がほとんど描かれない。
だから、選挙戦における政治理念や政策の対立軸がさっぱり見えてこないのだ。

岸本候補の選挙運動自体は、市民主体のものであったにせよ、実際には、立憲民主党、共産党、社民党、れいわ新撰組などの推薦を受けて立候補している。
本作でも、岸本の選挙事務所に、各党の代表や有力議員による「必勝」と大書した紙がところ狭しと貼られているさまが映し出されている。
だが、そうした各政党の区長選に関する見解や動向は一向にリサーチされない。

また、岸本の政治理念が、欧州での経験によって培われたものだとしたら、欧州におけるミュニシパリズムの実際について、監督は海外ロケを敢行すべきではなかったか。

小泉今日子に、ミュニシパリズムの主題歌を作って歌わせる前に、本来やるべきことがあったはずだ。

確かに、黄色いTシャツにサングラス姿で、自転車に乗って、颯爽と初登庁する岸本聡子新区長はカッコいい。

だが、本作は、未来の日本を探る上でも貴重な政治ドキュメンタリーだったはずだ。

ペヤンヌマキ監督は、自分の政治的無知による近視眼をついに克服できないまま、岸本聡子という新たなる政治的人格の姿を追いながら、たんなるファンムービーを仕上げただけという、あまりにもったいない結果に終わってしまっている。
(ファンムービーなるがゆえに、政治ドキュメンタリーとしては欠格であっても、Filmarks 含め各レビューサイトの平均スコアが高くなっているのは皮肉である。)

幸い、パンフレットは比較的充実し、杉並区政の抱えていた問題点や選挙等の政治日程を年表によって整理するなど、本作の足りない面をある程度まで補ってくれる。

しかし、繰り返しになるが、パンフレットで補わなければ、岸本聡子による杉並区長選勝利の政治的意義について理解できないとしたら、政治ドキュメンタリーである以前に、本作は映画として失敗作だと言うべきだ。

希望を抱けるのは、2023年4月の区議選で、それまで少数だった女性議員が男性議員の数を超えたという事実だ。
新区議たちが岸本区長とともに政治手腕を発揮するのはこれからのことにせよ、このことは日本では稀な政治的快挙と言って良い。

小生も、寡聞にして、ここ2年の間に起こった杉並区における注目すべき政治的変動について、本作によって初めて知った。

ペヤンヌマキ監督自身も、本作製作を経験するなかで、たんなる岸本聡子ファンの立場を超えて、杉並区におけるミュニシパリズムの実際について語れるドキュメンタリストに、次作では成長していることを望むばかりである。
パングロス

パングロス