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またヴィンセントは襲われるのmorettiのレビュー・感想・評価

3.5
外歩いている時にすれ違う人を無遠慮に見てしまう癖(aka人間観察)があるので、時々目が合って「あんだこのやろう」というような敵意を返されることがあります。
…アレの映画化です!
 
つい先日ブシェミ先生がNYでぶん殴られて救急搬送されたそうで、それが通り魔なのか強盗なのかはわかりませんけど、ちょっとしたきっかけで理不尽で過剰な悪意や敵意がこちらに飛んでくる世の中ですので、この映画は現実をちょっとだけカリカチュアした世界観、といえるところが恐ろしいです。
わたしはおじさんですけど「ぶつかりおじさん」に遭遇したことありますし、電車の中で外国の人にいきなり「Fuck you!」言われたことあります。
 
目が合っただけで命を脅かされるレベルで襲われる主人公ヴァンサン(邦題もフランス読みでいいじゃん)、襲ってくる人たちがみな文字通り我を失っていてその表象がゾンビのようであり、襲う当人としてはその意識も記憶がないっぽく理由が不明なので「襲われたアイツが悪いんじゃないの」的な主人公追い詰められモノとしての面白さもあり、ワンアイデアでありながらも十分に楽しめましたことです。
 
もちろんこの設定や描写におけるアラや理屈の不明さに対する齟齬みたいなものはありますけど、顔立ちや風体が絶妙に臆病にも強面にも不穏にも見えるカリム・ルクルーさん(目がMr.ビーン)扮するヴァンサンがひたすら襲われる、というシチュエーションとそのサバイバルスリラーが陰鬱なリアリズムで描かれているので、無理を通せば道理が引っ込む的な勢いがあったように思います。
 
ただ、サングラスすればいいんじゃね?というツッコミは100人中100人思うことだと思うので、サングラス越しでも目が合ったら襲われる、という一幕があってもよかったんじゃないかな。劇中いろいろなトライ&エラーがあるのだからそのほうが面白いし。
 
この映画の中では“目が合ったら襲う/襲われる”という現象はどうやら汎世界的っぽいのでゾンビ禍のような終末感がありますし、やはりコロナパンデミックを経験した後だと、度を越えたコミュニケーション不全の寓話にも感じます。
特に東京に住んでいると、ちょっとしたことでとんでもない災厄が降りかかるんじゃないかというような危うさがここそこに潜在している気がするので、この映画で描かれている緊張感はわたしにとっては現実と地続きでした。ホームに立ってたら突き落とされるとかさ。
 
オハナシはそれこそゾンビ映画のように災厄がどんどん広がっていって(ショッピングモールのところはまさに!)、そのなかで出会ったヴァンサンとマルゴーがふたりでいることの危うさを共有しながらも手を取り合い、船で沖に漕ぎ出す道行きが描かれてましたよ。
 あ、マルゴーさんやさぐれ女でいい感じです。
サングラスのツッコミと同じように、目を合わさなくてもコミュニケーションはとれるよねと人見知りのわたしは思ったりしますが、それでも人類が獲得した“見つめ合う”というコミュニケーションを捨てないところに、作り手の意図をくみ取ったりしましたよ。
 
エンディングに流れるのが、デル・シャノンの「Runaway」のフランス語カバーでシニカルな感じで幕を閉じるので、そこもよかったですね。
 
世の中にはいきなり殴ってもいいような輩もいますが、ブシェミ先生は殴ってはいけません。
 
そうそう、炭鉱のカナリア的に登場するピットブルのスルタンちゃんがめっちゃ可愛いので【この映画で犬は死にません】ということを強調しておきたいと思います。
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