ひこくろ

侍タイムスリッパーのひこくろのレビュー・感想・評価

侍タイムスリッパー(2023年製作の映画)
4.3
時代劇への愛が詰まった、というかその愛だけで作られたような映画だった。

現代に来てしまった会津藩士の高坂は、とにかくひたすら途方に暮れる。
だって、何もかもが見たことも聞いたこともないことばかりなのだ。
その反応を、映画は丹念に丁寧に、そしてコミカルに描いていく。

ケーキを食べては「こんな美味しい物を誰もが食べられる世界」に感動する。
テレビに驚き、時代劇に興奮を隠せない。
こういうのが、本当に丁寧に描かれているので、終始ニヤニヤが止まらない。

時代劇の斬られ役を目指しはじめてからも、また面白い。
相手の役が宿敵・坂本龍馬だと知り、本気になってしまったり。
殺陣の関本に指導を受ける時、斬られ役なのにどうしても関本を斬ってしまったり。
細かいところで生まれるおかしみが、とても見事だ。

でも、これはコメディ映画なのか、というとそうでもない。
映画の全編に渡って、時代劇に対する熱い思いが満ちているからだ。
もはや時代劇には滅びてゆく未来しかない。
そうわかっていても、出てくる誰もが時代劇と本気で向き合っている。

「台詞のある劇を作るための役をやりたい」と一度も思わない斬られ役はいないと語る殺陣の関本。
仕事に追われ、疲れきりながらも、監督になりたいとシナリオを書き続ける優子。
時代劇の主役として場を引っ張る役者。
そのほかのあらゆる人たち。
そして、この映画が魅力的なのは、この映画の制作陣もまた時代劇を愛してる、というのがはっきりと伝わってくるところにあるんだと思う。
映画の端々から、時代劇への愛が伝わってくる。
だから、単なるコメディにもならないし、普通の時代劇にもならない。
徹頭徹尾「時代劇愛」の映画なのだ。

自主制作で作られた映画だということだけど、完成度が非常に高いのも素晴らしい。
ちゃんとひねりのある物語に、きっちりと演技を見せてくれる役者陣。
見せ方にも素人臭さはまったくなく、最後の決闘シーンの緊張感なんかは痺れるほどだ。
自主制作作品にありがちなアイデア勝負をしていない。
正直、言われなければ、自主制作だとは気づかない出来だと思う。

侍の生き様と時代劇をかけて展開されるラストの熱さにグッとくる。
時代劇に少しでも興味のある人は絶対に観たほうがいい。
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