SANKOU

ぼくが生きてる、ふたつの世界のSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

主人公の大が生きるふたつの世界とは、音のある世界と、耳の聞こえない両親の音のない世界。
これは家族とは何か、そして幸せとは何かを問いかける作品だ。

物語は五十嵐家に大が生まれる場面から始まる。
母親の明子と父親の陽介は共にろうあ者だが、大は健常者として生まれた。
悪気は全くないのだろうが、赤ん坊の大に向かって、耳が聞こえる状態で生まれて幸せだというような言葉を親戚の一人が投げかけたことが気になった。
どうして耳が聞こえないことを不幸だと決めつけられるのだろうか。

後に明子の両親は全く聾唖に対して理解のない人間だったことが分かる。
妙な新興宗教にハマる広子に、ヤクザ者の康雄。
彼らは手話を覚える気も全くなかったようだ。
幼い大にとって明子と手話で話す時間はとても楽しいものだった。
二人が互いに短い手紙を書いてポストに入れ合う場面は心が温かくなった。

しかし成長するに連れ、自分の母親が他とは違うことに戸惑いと苛立ちを感じるようになった大は、次第に明子を遠ざけるようになる。
明子はそれでも大の幸せを精一杯願い続ける。

明子に対してぞんざいな態度を取り続ける大だが、本当は心の内では母親のことが大好きなのだ。
冷たく突き放す言葉を吐きながらも、実は大は彼女のことを気遣い続けている。
やがて大は窮屈な日常から逃れるようにして東京へと発っていく。
特にやりたいことも、情熱もないままに。

明子に対して陽介の存在感が薄いのが気になった。
彼はとても穏やかな人間なのだが、事なかれ主義なのか、常に辛い想いをすべて明子の肩に委ねてしまっているように思う。
それでも大の東京行きの後押しをしたりと、しっかりと父親の役割は果たしているようにも感じた。

大は第一志望の高校を落ちた時に、障害者の家なんかに生まれなければ良かったと、残酷な言葉を明子にぶつけてしまう。
それは明子にとって最も辛い一言だった。

それでも障害があることに全く引け目を感じない彼女の姿に逞しさを感じた。

印象的だったのは、大がろうあ者のグループの飲み会に参加する場面だ。
大は気を利かせてそれぞれの注文をまとめて、店員にオーダーをする。
しかし、彼を誘った彩月は仕事を奪わないでと優しく彼を諭す。
大は親切心から行動したのだが、それは無自覚のうちに彼らに引け目を感じさせてしまう行動でもあったのだ。
これは自分でも思わずやってしまう行動だと感じた。
もちろんその行動を好意として受け止めてくれる人もいるだろうが。

障害者の家に生まれなければ良かったと口にしてしまった大だが、実は両親がろうあ者であったことから彼の人生は繋がっているのだともいえる。
手話を知らなければ彩月とも出会うことはなかっただろう。
後に大はライターとして働くことになるのだが、ヤクザなじいちゃんの話がきっかけで編集長に気に入られて採用されたというのも不思議な縁だ。

クライマックスの東京行きを決めた大と明子とのやり取りは胸が熱くなった。
うっとうしいと思うことも多々あるが、母親はいつも子どもの幸せを願っているのだと改めて気付かされた。
そしてクライマックスに向かってグッと母子の絆が集約されていくようなシナリオの上手さにも感心させられた。
SANKOU

SANKOU