あんまり期待していなかったのだが、どっこい面白かったですね。ま、期待してなかったから面白く感じただけじゃないのか? と言われたら、そうだね、としか返せないが理由は何であれ面白ーいと思いながら観ることができたからそれでいいのだ。
しかし今年はというかこの数カ月はセルフリメイクや中編もあるとはいえ立て続けに黒沢清作品を摂取することができてうれしい限りだった。別に黒沢清は新作が公開されれば必ず観るっていうほど好きな監督というわけでもないのだが気になる監督ではあるのでやっぱこういう新作(セルフリメイクもあるが…)ラッシュみたいなのはワクワクしちゃいますね。
そういうわけで『蛇の道』と『Chime』を経ての本作『クラウド』なのだが、感想としては前に書いたように『蛇の道』は随分と分かりやすくなって黒沢清独特の気味悪さのようなものが薄くなったなぁと書き『Chime』は初期の黒沢清ぽさがムンムンで面白かったけどこじんまりとした中編で終わったのがちょっと食い足りなかったなぁ、というようなことを書いたと思う。読み返してはいないから性格ではないが多分そういう感じの感想文だっただろう。んで肝心の本作『クラウド』はというとだ、リメイク版『蛇の道』のように観やすい作りになっている上に『Chime』のような黒沢清節のようなものも効いていて正に良いとこどりという感じだったのである。
じゃあさぞや面白かったのだろうと思われるだろう。その答えはこの感想文の最初ですでに書いているが、確かに面白かった。でも面白かったけどなんか全体的に薄いなという気持ちにもなったんですよね。リメイク版『蛇の道』と『Chime』の良いとこどりと書いたが、これは映画に限ったことではないが本来異なる良さを持っている複数の物から良いところをピックアップするということをしちゃうと結果的にその尖った部分が失われて平易でつまんないものになってしまうということがあると思うんですよね。本作もそうなったんじゃないかと思う。ただ突出したところはないがその分つまらなさの底も落下死するほど深くはなくて、要は平均的に面白くてよく出来た映画だということだと思うんですよ。だから結論としては面白い。
ちなみにストーリーは転売ヤーとして悪辣な仕事をしている主人公が色んな人から恨みを買うのだが、やがて彼らの怒りは憎悪へと膨れ上がって主人公を殺すために結束し、主人公はどんどん追い詰められていくというお話です。
まぁ主人公は悪名高い転売ヤーでしかもサイコパス的な人物描写をされているので一般的なモラルから言えば多少のしっぺ返し(無論、死をもって償うほどではないが)を食らっても、まぁ当然だなくらいの気持ちで観ることができるので因果応報的な側面もあるし、彼を殺すために集まった被害者の会の面々も怒り狂っているという感じではなく非常に低体温な感じの描写で淡々と主人公を殺そうと追い詰めていく感じは実に黒沢清作品という感じで面白いのだが、ある臨界点を越えてからは完全に描写がギャグになっていたのは狙っていたのかどうかということは気になりましたね。いや現実的な描写とそうはならんやろっていう描写のせめぎ合いが世界の不安さを描き出すっていうのが黒沢清の特徴だというのは分かっているのだが、ちょっと本作はそうはならんやろの方の描写が盛られ過ぎていてもうギャグだろそれ! ってなっちゃったんですよね。
後半すんげー笑ったもん。いや言いたいことはわかるんだ。インターネットが加速させる憎悪なんて現実からは乖離して上滑りしているものなんだとかそういうのはよく分かる。だけどそれを描くための演出の飛躍の仕方がギャグなんだよ。そこ楽しめるかどうかで本作の評価は結構変わるんじゃないかなと思いましたね。俺は楽しめた。でも笑いが前に出すぎて狂気が茶化されてる感じもしたのでちょっとなぁ、というところはありました。
あと、本作はもしかしたらロボアニメを下敷きにしたら分かりやすいかもなとも思ったな。主人公はアムロ・レイや碇シンジに近いと思ったよ。何言ってんだお前と思われそうだが、俺の持論によると日本のロボアニメ(というか富野産ロボアニメ)に於いては例外なく少年である主人公がロボットに乗って戦うということは社会への参画として描かれているんですよ。仕事と言い換えてもいい。アムロは引きこもり気味の社交性のない今で言うオタクだったがガンダムに乗って戦うことが自己実現となり、パイロットとして認められることが他者、ひいては社会への繫がりとなるのである。最終的には職業軍人となるアムロの経歴は正にそう言えよう。一方碇シンジもアムロ同様にエヴァに乗ることが周囲の人間と繋がるたった一つの手段であると自認するのだが、シンジはアムロと違ってエヴァに乗らなくてもいいんじゃないのか? というところに落ち着くのである。それはバブル絶頂期だった初代ガンダムと正にこの世の終わりだった90年代半ばの日本の世相を比較して語ることもできるが『クラウド』の感想とは関係ないので割愛する。何を言いたいかといえば、要は社会のことを何も知らない少年が唯一社会との接点だと思ってロボットに乗って悩みながら戦い続けるというのは本作の主人公が内心(これでいいのかな…)と思いながらも転売ヤーとしての生き方しか知らずにその行為を続けていくというのに似てるなと思ったんですよね。まぁ本作の主人公は工場勤めもしているのだが、そんなのはバイトでしかなくて明らかに本職は転売の方だと自認しているのである。アムロだってモビルスーツのパイロット以外の生き方も選べた(実際戦友のカイ・シデンは軍を抜けた)だろうに最後まで軍人だったのはそれだけが自分と社会を繋ぐ仕事だと思っていたからなのだと思う。
だから主人公のそういった生き方は非常にロボットアニメ的なんですよね。アムロは兵士として戦争の中で消費されていったが本作の主人公は金を右から左に動かす人として資本主義の中で消費されていくわけだ。シンジのようにそこから降りることもできずに。と、そういう書き方をすると本作の主人公が大層悲劇的なものを背負っているように思われるかもしれないが、繰り返しになるが基本クソみたいな転売ヤーなので彼がどんな酷い目に遭っても同情心とかは湧いてこない。というのも、まるでロボアニメの主人公みたいだと書いたがその年齢はアムロもシンジも10代半ばの少年だったのに対して本作の主人公は明らかに30は越えてるだろっていうおっさんなんですよね。ここもちょっと風刺なのかもしれないな。一昔前は10代の間に悩んで答えを出してたような問題に対して現代では30歳を過ぎても悩み続けてるっていう、大人になり切れない甘ったれな根性みたいなものが描かれているのかもしれない。その辺もまぁ面白かったところではありますね。
ただこれも繰り返しになるが、やっぱ全体的に尖った部分がなくて既視感アリアリな感じになってたのが残念でしたね。新機軸ではなくて手癖の映画という感じだった。同時期に観たから余計に思ったが『蛇の道』でもあった廃工場での銃撃戦とかまたかよ!? って感じでしたよ。何でそんなに廃工場好きなの? 仮面ライダーなの? と思ってしまいました。あとは尺が長くてダレるのと銃撃戦より拷問を観たかったというところですかね…。
まぁそれなりに文句はある。文句はあるが、トータルでは面白かったな。主人公の彼女の異様さとか笑えたしな。まぁそういう感じでした。そこそこ面白いよ。