このレビューはネタバレを含みます
転売屋の吉井良介が、彼に恨みを持つ人々による狩りの対象になる。
監督によるオリジナル脚本。現実に基づいているというよりは、寓話のよう。その点をいくつか指摘しておく。
・吉井が最初に買い叩く医療器具は、「あなた、これ作るのにいくらかかるか知ってるの?」と工場長の娘らしき人物に問われるが、具体的にはどんな医療行為に使うのか説明されることはなく、観客にも分からないままである。
・メインキャラの名前が古臭い。良介の彼女の名前は「秋子」だが、演じる古川琴音の年代で「〜子」がついた名前は大変少ない。
・主人公と彼女は「スマホ」ではなく「携帯」と言う。
以上の点から、現実に取材したものというよりは、監督の頭の中で作り上げた世界のようだ。
良介の彼女、秋子の人物造形が古い。野暮ったく、自分で言うほどには料理ができず、エスプレッソマシンも使いこなせない。男性に経済的に依存する気満々である。総じて肥大した欲望を持つ無能の人として描かれている。
田舎の一軒家に引っ越した良介のアシスタントを務める佐野の人物造形は興味深い。どこから降って湧いたか分からない殺し屋。主人公が悪の道に進む手助けをするイネイブラー的存在。あんなに若いのに、かつては何らかの「組織」で仕事をしており、いまは足を洗っていることが示唆される。
本作で最も興味深いのは、「悪人の話をグダグダ聞いてるの見るとイライラする。さっさと殺しちゃえばいいのに」(大意)という黒沢監督のジョン・カーペンター的冷淡さが、クライマックスで悪人を射殺するときに発揮されていることだ。
また、激しい銃撃戦が終わったあとに吉井が「あ、そうだ。商品のチェック、しようと思ってたんだ」と言い、骨の髄まで転売屋であることが明らかになるところも面白い。佐野に「吉井さんはこのまま、金儲けのことだけを考え続けてください」と言われるだけある。
終盤、佐野が運転する車の助手席に吉井が乗っている。赤くなりつつある空を見て「ここが地獄の入り口か」と彼は述べる。車に二人の人物が乗っており、車窓から外の現実離れした不穏な風景を捉えた場面。黒沢清の映画に多発するシグナチャーショットと言える。