たそしだ

ルックバックのたそしだのレビュー・感想・評価

ルックバック(2024年製作の映画)
4.8
"物語"に救済されたことのあるすべての人へ

・原作の絵が動いてる!みたいな映画化だった。ストーリーの良さは原作からお墨付きだけど、映画として成り立たせるための行間の埋め方も素晴らしかった。
・積まれたスケッチブック、移り変わる景色、ひたすらに背中を写すアングル。観客を信頼した、ちょうどよいレベル感の描写が心地よい(チケット一律1700円で想定される観客層にもハマっているように思う)。
・キャストも好き。京本の訛りは漫画ではわからなかったけどぴったりだった。
・傲慢ですぐイキる藤野・異様にシャイな京本、いい意味でリアルな"イタさ"があるのに、可愛く見えるのもすごいなと思う。ともすれば反感を買いそうなセリフや行動も、絶妙な塩梅で、「人間臭くて魅力的」になっている。
・個人的に大好きな「ひとつの物や出来事、言葉が複数の意味を持つ」みたいなやつ、本作には非常にたくさんあり大歓喜だった。
・「ルックバック」→過去を振り返る、(京本視点で藤野の)背中を見る、Don't look back in anger、「背中を見て」(京本の家で拾った四コママンガ)、藤野がサインした京本の半纏の背中を見る、観客視点で幼少期から現在まで藤野が描き続ける背中を見る……etc.
・藤野と京本が互いにないものを持っていて、リスペクトし合っているのがいい。二人が幸せな関係を築いて創作を行い、順調に成功していくところも大好きだけど、オチを知っているのでつらい。大人になったら藤野がずっとどんなアシスタントに納得してないのもいい(編集者との電話シーンのリアルさも好き)。魂の相棒だったんだろうな。
・事件を知った藤野が京本の家に行ってからのくだりは、タランティーノ作品も思い出した。「物語の中でしかできない救済」だと思う。

★個人的な考察(注:ネタバレあります)
最後に藤野が窓に貼った四コマが白紙に見えることについて。
藤野が京本の家で拾った、「背中を見て」の四コマ漫画は、やはり実際は白紙だったのではないか?
京本の家で、藤野が過去に描いた四コマ漫画を破り、「出てこないで」のコマが京本の部屋の扉に入って行った。ここまでが現実に起きたことであり、その後、京本の部屋で半纏の背中を見るまでは、すべて藤野の作った「物語」なのではないか。
京本が部屋から出てこずに大人になり、あの事件で藤野に救済される世界線がifなのは言うまでもないだろう。そして藤野が拾った京本作らしき「背中を見て」の四コマも、よくよく考えれば、毒のあるコメディが得意な藤野自身の作風だ(そもそも京本は徹底して背景しか描いてない)。
つまり、藤野は京本の喪失という、あれだけ必死で打ち込んできたマンガが手につかなくなるほどに衝撃的な出来事に対してすら、"物語を描き"、そしてそれによって自らをも救済したのではないか。
本作のキャッチコピーは「描き続ける」だ。それは、天才・京本を超えるべく描き続け、周りから疎まれても京本とふたりで描き続け、京本と道を違えてもひとりで描き続け、京本を喪った悲しみを埋めるために描き続け、そしてそれを乗り越えて再び描き続けることを選んだ、クリエイター藤野の生きざまにぴったりだと思う。
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