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最後に残るもの
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『最後に残るもの』に投稿された感想・評価

恵比寿映像祭にて。ストラトマンは現代の女性作家で最も注目してる存在であると同時に蓮實以降の流れにある狭義の「アメリカ映画」とは異なる流れの(ストローブを経由したフェントらに連なる)アメリカの映画作家であるが、今作も初期の短編同様に極めて監視ような装置としてカメラを使用しつつ、考古学的且つサイエンスが交差するものとして鉱物にアプローチしながら、人類史に止まらない生物史を物語る。アカデミックすぎる手捌きは相変わらずであるが、生命の輝きを映し出してきたリーフェンシュタールとは異なり、最終的には生命の絶命、さらには絶滅をも射程に入れることで、現代的な紛争/虐殺に直接的な言及は避けられつつも、諸問題も映画の中に見出すこともできる。最もその例として挙げられるのは、ストーンヘンジで撮られた巨石そのもので、ある種宇宙から落とされたような異界のようでありつつ、同時に人類史以上の土壌から生まれてきた鉱物としての存在感も併せ持つ巨石からは、物質性に留まらないメッセージの拡散をそこに見出さずにはいられない。さらにそこに(偶然居合わせたという!)盲目の人々が通りかかり、巨石とコミュニケートしているかのような岩との距離を捉えた撮影からは、キューブリック的なモノリスとは異なる印象を強く感じることができる。
拡散され、その場にいたら視界を撹乱されるようなストーンヘンジを目が見えぬ人々が通る行為によって、聴覚的な響きが(同録で撮られた音とは異なる)画面上から発せられるような錯覚といっても良いが、そのことによって、ものと人間の関係そのもの、言い換えればあらゆる世界の構造そのものが感覚として迫り上がるのを感じられる。
映画を見て物語に没頭する「アメリカ映画」の体験とは決定的に異なる、映画を通して鑑賞する身体そのものが変容させられるという意味で(当然それは4D体験とも異なる)、建築的な映画体験といってもいいかもしれない。
そしてそのような体験を通じてこそ、最後のエンドロールに挿入されるストリートダンサーの個別の運動は意味を持つ。拡散され、死へと至る生命の/映画の運動のダイナミズムの中に切り込みを入れるものとしてのエンドロールの黒みがあり、その遮断を経て極めて生々しくホームビデオレベルのありふれた映像に到達することで、カタルシスに映画を昇華するのではなく、ごく平凡な日常の景色の中に鑑賞者を立ち返らせる。
大きな歴史性にただ圧倒されるのではなく、むしろ情けなく大したことのない平坦さによって、今一度足元を見ることが可能となり、個人の生活の営みを、つまりは運動を持ち帰れる。


ストラトマンの新作を鑑賞後、先週末にはロームシアター京都で高谷史郎のパフォーマンス『tangent』を見れた。表現形式こそ違えど描いているものは近しい2作を経て、今の時代に描かれるべきは時間の「速度」そしてあらゆるところに存在する対象との「距離」の構造かもしれないなと思い至った。
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

4.0
【鉱物=壁画=形而上】
鉱物を生物と見立てて観察するミクロな視点をマクロとしての宇宙と繋げる。その接着剤として壁画が引用されるところに慧眼。

詳しくはkindle映画本「身体空間から観る映画」に書きました▼
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CVGSM9TQ
元ネタの短編小説があるみたい。バラードの「結晶世界」を思い出したり。