かなり悪いオヤジ

めまいのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

めまい(1958年製作の映画)
4.5
トランプに「整形外科医を訴えた方がいい」とディスられてひどく傷ついたというキム・ノヴァク主演のラブ・サスペンス。ブロンドフェチで知られたヒッチコックの最高傑作と呼ばれる本作だが、公開当時は男性が女性を苛めるミソジスト映画として評判はいまいちだったとか。撮影中も演出にあれこれ口を出したがるノヴァクとヒッチコックが対立、その仕返しとばかりに、グレーが大嫌いな女優にヒッチコックがグレーのスーツをわざわざ着せたという逸話まで残っている。

女優と監督が撮影中対立した作品というのは大抵上手くいかないものだが、本作の場合その緊張感が反って功を奏しているようだ。高所恐怖症の元刑事スコティ(ジェームズ・スチュアート)を欺きながらも心の底から愛してしまう、という複雑な役どころだからだろうか。男の抱擁にその身を任せながらも、心のどこかで(スコティに真相がばれたらどうしよう)と怯えていなければならない緊張感が、ノヴァクの演技からは確かに伝わって来るのである。

実はヒッチコックお得意の謎解きは映画中盤ですでにバレバレ、マクガフィンかに思われたペンダントもまんまスコティを真相に導くキーアイテムにおさまっている。本作は、若い人たちが大好きなそれら“FACT”よりも男女の“LOVE”に焦点を当てた作品なのではないだろうか。主人公スコティが“FACT”にたどり着いた時持病の高所恐怖症を克服するのだが、マデリンとの“LOVE”も同時に失うのである。逆の言い方をすれば、“LOVE”を得ようとするならば、女の嘘に一生付き合わなければならない、“FACT”にたどり着いてはいけない、という作品なのかもしれない。

とかく日本のヒッチコックファンは、スコティが目眩を起こすシーンにズームアップとドリーを駆使した革新的な撮影技法に目を向けがちだ。しかしそれはあくまでも“FACT”であって、映画愛とはいえない。真相がバレるかもしれないとは思いながらも、グレーのスーツやペンダントを処分することができなかったマデリンの気持ちにズームすることができないと、本作の核心部にはけっしてクローズ出来ない。まして往年の美人女優に“整形失敗”などと口が裂けても?言ってはならんのである。

恋愛をしている時の高揚感といのは、いわば目眩にも等しい高所恐怖症状態に似ているのではないか。いつ落ちて死ぬかもしれないという恐怖感が、人間の生殖本能を加速させるからかもしれない。その恐怖感が疑惑や倦怠へと変わった時、恋愛熱も一緒にさめてしまう、そんなヒッチコックの恋愛哲学を感じさせる映画なのである。しかし、罪を犯した女が幸福をつかむことを神(ハリウッド)はお許しにならなかったのです。鶏が3度鳴く(3度の悲鳴の)前にペドロが自分を裏切ることを預言したキリストのごとく、スコティは地獄へ落ちた女を憐れみの表情で見下ろすのであった。