がぶ君

愛に乱暴のがぶ君のレビュー・感想・評価

愛に乱暴(2024年製作の映画)
2.9
 「自分らしさ」の檻

 自分らしく生きよう。今やCMで目にしない日はないこの言葉。だがそもそも自分らしく生きるとは一体何なのか。それどころか私たちは「自分らしさ」に縛られているのではないか。そんな「自分らしさ」に振り回される現代人を描いたのが「愛に乱暴」である。
 主人公桃子は、夫の実家の離れで夫と一緒に住む主婦。高いコップを使う所や家の動線を気にしてリフォームをしつこく夫に頼むところから、こだわりが強く神経質なところがうかがえる。またパートで働く石鹸教室に積極的に改善案を提案するところや本社への復帰を狙うところは、仕事を通じて自己実現をしたいという欲求を感じる。一方で近所の不審火騒ぎではゴミ捨て場の近くに住んでいる中国人を疑う猜疑心の強さを感じさせる一面も。
 だがそんな桃子の毎日も夫が浮気を告白したことで一変する。夫の浮気相手は妊娠しており、桃子と離婚したいと話す夫。そんな自分勝手な要求は当然飲み込めない桃子。不倫相手の妊娠を、嘘だと思った桃子は不倫相手と接触する。だが妊娠が本当だとわかりやり場のない怒りに襲われる。なぜ桃子は子どもにこだわるのか。それは桃子には流産の経験があるからだ。
 そんな不倫問題で疲弊する桃子に追い打ちをかけるように、石鹸教室の閉鎖が知らされる。かつて自分も働いていた本社に直談判しに行くものの、適当にあしらわれて返されてしまう。心の拠り所を失った桃子は、実家に帰るもののそこでも幸せそうなきょうだいの家族に出くわしてしまう。結局実家には長居せず、夕焼けのなか家に帰る桃子。妻にも母にもキャリアウーマンにもなれない桃子。行き場のない怒りに駆られた桃子は、台所にあった邪魔な柱やお気に入りのコップなどを破壊する。そしてそのごみを捨てに行ったところで不審火に遭遇し、警察に放火魔だと疑われてしまう。逃げ込んだのは近所のホームセンターの倉庫。そこで怪しんでいた中国人に出くわしてしまう。彼はここでバイトしていたのだ。通報するのかと思えば、靴を貸してくる彼。さらに桃子に対して「いつも、ゴミ捨て場をきれいにしてくれてありがとう」と礼をいう。桃子は不審火騒動後、欠かさずゴミ捨て場を掃除していた。誰も見ていないと思っていた自分の頑張りを認めてくれた中国人の青年。たまらず桃子も「ありがとうと言ってくれてありがとう」と返す。
 何かと属性や肩書で評価してしまう私たち。故に属性や肩書、それを強化する「自分らしさ」に振り回されてしまう。そこから脱するためにはありのままの他者を尊重するしかないのではないか。ありのままの桃子を評価した中国人の青年のように。
 結局、桃子は離婚し、義母も実家から出ていき、離れを譲られる。だが桃子は離れを売り払い、夫の実家を買い取る。ラストシーンにはラフな格好で離れの解体を見守る桃子の姿が。その表情は憑き物が落ちたようにさわやかであった。
 自分らしさとは自分の中にしかなく、誰かに評価されるための「自分らしさ」に振り回さてはいけない。そう感じさせてくれる映画であった。
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