なんとなくタイトルだけは聞いたことはあったけど監督のことも映画の内容もよく知らない作品で、もっとヘンテコなカルト映画なのかと思ってたんですけど実際に観てみたら結構ちゃんとした遭難ミステリという感じでしたね。やはり映画は観てみないと分からない。まぁ映画に限らないけどイメージや伝聞だけできっとこういうものなのだろうと決めてかかるのは良くないという教訓を改めて得ることができました。
まぁそれはどうでもいいのだが、ソフィア・コッポラにも多大な影響を与えたとかなんとか言われる本作『ピクニック at ハンギング・ロック』だが何とも不思議な味わいのある映画ではあった。これは中々言語化するのが難しくて、特に本作を未見の人に対してはどう言っていいのか分からないところがあるのだが、何となく神秘的でありつつ生々しいリアルさもあって遭難を巡る物語でありつつもそこでスポットを浴びるのは遭難した少女たちではなくむしろ彼女たちに取り残されたような印象さえ受ける遭難者を捜索する側の人たちなのである。
お話はというと多分20世紀初頭くらいのオーストラリアの女子のみの寄宿学校が舞台で、そこはどうも規律に厳しい感じの学校で生徒たちは立派な(当時の価値観で)レディになるべくお勉強やら習い事に励んでいるのだが、ある晴れたバレンタインの日に息抜き的な遠足として岩山に出かけることになる。まぁそこですでに遭難モノと書いているように3人の生徒と1人の先生が遭難してしまうんですね。いくら探しても見つからなくてえらいこっちゃというお話です。
遭難ミステリと上記したが、正直ミステリと言っていいのかどうかは分からない。だってミステリって普通は解答編があるじゃないですか。一番よくある推理モノなら探偵役が犯人の正体を掴んでトリックや動機を暴き出すのが一番盛り上がるクライマックスになるし、故意による殺人事件とかじゃなくても事故の真相を解明するミステリとかもある。遭難ミステリとなれば遭難した理由とかそこから如何にして生還したかとかが語られるのが常であろう。それでいくとこれはややネタバレになるかもしれないが、本作では謎は謎のままで残るんですよね。岩山で少女たちに何が起こったのかは明らかにされないんですよ、多分。
そこが面白い味わいの映画だったな、と言いたいところなのだがわざわざ、多分、と書いてあるようにそこは俺にもよく分からないのだ。理由は簡単で例によって例の如く俺は本作を観ながら15~20分くらいはうとうと居眠りしてしまったのだがその居眠りしたシーンというのがあろうことか本作最重要であろう遭難シーンなのである。恐らくこの子らが遭難するんだろうなという感じで、ちょっと岩山の方に行ってきまーす、てな感じで手を振りながら本隊から分離していったシーンは何となく覚えている(確かボッティチェリのヴィーナスがどうだかというモノローグが入ったはず)のだが、ちょうどそこで電源が落ちるみたいに寝ちゃったんですよね。そして目が覚めたら学校の関係者と町の人たちが大騒ぎしてて捜索隊が岩山を練り歩いているシーンだった。
だから上で、ミステリとは言ってもこの映画には回答がない(キリッ)みたいに書いてるけどちゃんと遭難シーンを観てれば回答はあるかもしんないです。でも俺的にはそこを観ずにスルーしてしまったというのが映画体験として面白かったな。そのおかげで本作の余白が凄く味わい深くなったと思う。もちろんちゃんと観ててもよく分かんねーよコレ! っていう作りになっている可能性も大いにある(というか雰囲気的にそんな感じはする)のだが…。
まぁでもね、遭難シーンを観ていないという俺の目から観れば凄く含みのある部分が多くて色んな解釈ができそうな作品なんですよ。まず分かりやすいところでいけば上記したように舞台は厳格な寄宿学校で、作中何度かコルセットがどうのこうのというシーンがあるし遭難した少女たちが裸足であったことも踏まえれば女性の解放的な部分を匂わせた作品であろうというのは容易に想像できる。何でも原作小説は1967年の作品らしいのでマリー・クワントが60年代にミニスカで爆発的なムーブメントを作り出して女性の社会進出がどうのと言われ始めたのと時代的にもマッチするのである。本作にはそういう同時代性のあったフェミニズムを取り入れているという面はあろう。
あとはこれも上記したようにボッティチェリのヴィーナスが作中で言及されるのだが、ボッティチェリのヴィーナスといえば『ヴィーナスの誕生』であろう。15世紀末のルネサンス真っ最中に描かれた超有名な作品であり、タイトル通りに美の女神ヴィーナスが誕生したという神話のシーンが描かれている作品だが、実は神話からのモチーフというのはルネサンス期以前の中世ヨーロッパでは余り見られないモチーフだったのである。中世までの絵画の題材といえば宗教画がもっとも権威があり人気があった題材なので、神話から材を取るということ自体が今風に言えばB級な作品という位置づけであったのである。そしてボッティチェリといえば『ヴィーナスの誕生』とほぼ同時期に描かれた『春(プリマヴェーラ)』であるが、こちらも神話の題材でありつつヴィーナスと共に3人の女神が描かれている。本作で失踪した女性とは3人で、厳格で規律が重んじられた学校の生徒なのである。これもまた実に意味深な含みであると思う。
でも既に書いているように本作はそれらの含みを持たせた謎の部分に対する回答は(俺が観逃しているのでなければ)一切ない。描かれるのは何とも不可解な神隠しでしかなく、中盤以降に主に劇中で描かれることは残された者たちがその出来事によってさまざまな影響を受ける様なのである。そこの塩梅というのが神秘的でありつつ世俗的でもあるという感じでなんとも言えない雰囲気の映画でしたねぇ。確かに好きな人はとことんハマるだろうなという感じはする。
あとはそうだな、少女たちの衣装とかはお美しくて眼福でしたね。10代の少女たちの寄宿学校での生活というお百合お百合しい耽美な雰囲気も刺さる人にはとことん刺さるのではないだろうか。他にも地元の名士の息子的な青年と、彼と同い年くらいの召使という立場上は主従関係なのだが年齢の近さもあって一番気を許せる親友同士という雰囲気の二人も描かれているのでお百合お百合しいだけでなくボーイズ同士の関係が好きな腐っているお方にもグッとくるところはあるかもしれない。
まぁなんというかかなり余白の多い映画なので結構人それぞれの楽しみ方はできるのではないだろうか。これが答えや! という解答編がないと納得できない人以外はどこかしらに引っかかる作品かもしれない。めちゃくちゃ好きという感じではないけど面白かったです。
まぁ何かの機会に遭難シーンをしっかり見直したら評価が全く(良い方にも悪い方にも)変わるかもしれないけどな!!