しん

エドワード・サイード OUT OF PLACE 4Kのしんのレビュー・感想・評価

4.3
私たちが生きる「根」を深く問い返す傑作。エドワード・サイードの生涯を辿りながら、彼が自らの存在を賭けて向き合い続けたパレスティナ問題の核心にある「故郷」と「根」の問題に迫っていく。

サイードだけでなく多くのパレスティナ人はイスラエルの入植によって故郷を喪失した。まさに存在を「根絶やし」にする暴力を前にして、彼らは当然のように怒りを爆発させていく。ではイスラエル人はどうなのだろうか。この作品では、イスラエル人の多様性に触れながら、彼らも故郷を喪失した人間たちとして描く。ヨーロッパで吹き荒れた(吹き荒れる)反ユダヤ主義とナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺は、彼らを文字通り「根絶やし」にし、イスラエルという地に流れ着かせた。それだけでなく、イスラエルに住むユダヤ人は中東戦争などでシリアやエジプトを追われたものも少なくない。未だにシリア料理を作り続けるユダヤ人女性の存在は、本作をもう一段の高みへと押し上げる。

本作を徹底した憎悪の渦の中で終わらせることもできたかもしれない。根をむしり取られた者たちの怒りは、安っぽい「共存」などという言葉を許さない。しかしエドワード・サイードを冠する本作は、そこで終わらない。彼の思想を導き糸にすることで自らを様々な分断線の境界に置き、「故郷喪失者」という心性になっていくことの価値を高らかに謳い上げる。自らの「根」に思いを馳せながら、そこを自発的に離れていく。それが可能になった時、やっと私たちは自らの内側に「共存」を生み出せるのではないだろうか。

佐藤真が現在のパレスティナを見たらどう思うのだろう。サイードが見たら。本作の締めくくりは、サイードの言葉であった。その大意は、あまりに絶望的に見える社会であっても、私(サイード)は楽観的だというものだ。彼が言うからこその重みを感じながら、私も「楽観的」に社会と対峙したい。
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