ジョージア映画祭10本目。
これは俺だけではないと思うのだが本作は『19世紀ジョージアの歴史』というタイトルからドキュメンタリーだと思ってたけどがっつりと劇映画でびっくりしましたね。だって『19世紀ジョージアの歴史』ってタイトルならその頃のジョージアの激動の時代を紹介するような硬派なドキュメンタリーだと思うじゃん。でも全然違ったね。しかも森の開発を巡ってゲリラ闘争にまで発展するお話へと展開していくので更にびっくりですよ。なんか思ってたのと大分違うなコレ! ってなったのはきっと俺だけではないはずだ。でも映画としては面白かった。これはラナ・ゴゴベリゼ作品とは違ってお話的にも映像的にも大きく動く部分があってシンプルに面白い映画でしたね。
お話は上記したように森の開発を巡るものなのだが、ストーリーとしてはまず体調不良の母親を訪ねるために主人公の青年が故郷に帰るところから始まるのだがその故郷というのが広大な森と共に生きてきた村という設定なんですね。んでジョージアの歴史にそんなに詳しいわけではないが、おそらく19世紀(日本だと幕末から明治の時期だろうか)というのはどんどん近代化が進んでいっていた時期のようでその広大な森を切り拓いて開拓しようという事業があるわけですよ。んでお上はそれを推進してるわけだが、しかし地元民としては森が無くなったら生きていけなくなるということで反対運動をやっている。主人公の青年もその運動に加わって役場に陳情書を持っていったりするのだがロクに相手にされず…という感じのお話しです。
先日観た『大いなる緑の谷』も似たような感じで近代化に適応できないおっさんのお話しだったけど本作は若者がお上に反抗して戦うお話なんですね。まぁ戦うっていってもなし崩し的にそうなっていく感じだし、いわゆるアクション映画的なバトルが展開するわけではないんだけど前半と後半の空気感の変わり方とかそれに伴ったカメラワークの変化とかも多分意図されたものだと思うのでその辺面白い映画でしたね。
というのも本作では森というものが非常に象徴的に描かれていて、それは不可侵であり未知なものという描かれ方をしていたと思うのだが、それに呼応するように全体的にカメラワークが意図的に不明瞭な視点になっていると思われてショットの切り返しが誰の視点なのかが曖昧になってたりするんですよね。それ面白かったな。カメラが登場人物の視点だけではなく、観客が感じるであろう彼らの心理的な不安さを強調して誘導されてるようなカメラの動きを感じもして面白かったんですね。そしてそれと同時にストレートな人物の感情描写として窓の外の花を見つめるシーンとかが印象的にあるのもグッとくる。
また不明瞭なまま進行していく役人たちの態度とか統一された意思がないままに進んでいく開発計画とかは直近に観た『青い山 - 本当らしくない本当の話』でもあったようなソ連中央への批判があるのだと思うが、本作ではその意図が広大な森の中でのカメラワークそのものとして表れていたのだと思う。主人公たちの位置関係がよく分からないままに変更されていく視点とが森の中で彷徨っていって、芥川の『藪の中』のような印象を受けながらゆったりと展開されていくのは観応えがありましたね。それに伴って主人公の精神性というか人物像が変容していくのも共産主義的革命を経た時代で二重の批評性がある気がするし、それとは打って変わって主人公の母や恩師がただ素朴で良い人なのもいいキャラクターの配置だと思う。
これランタイムは67分というプリキュアの映画かよっていうくらいの尺なんだけど、全くそれを感じさせない濃密さで体感としては100分くらいの映画を観た感覚でしたよ。ただまぁラストは、そこで終わりかよ!? ていう尻切れ感はあったのだが、それは劇場で席に座っているときは非常に唐突な幕切れのような気がしたものの数日経って反芻すると虚実定かならぬ夢幻の森の中に迷い込んでしまったような味わいもあって悪くなかったなと思い直しました。後知恵ではあるんだけど、これからソ連の末期が訪れる社会の物語として期待と不安が入り混じって正に五里霧中といった感じのラストだったので今現在の視点で観ると味わい深いなぁ、となってしまうのですよ。
というわけで面白い映画でしたよ。あと『昼は夜より長い』の主役の人が出演していたのもうれしかった。相変わらず息が止まるほどの美人だったので。