てっぺい

ゆきてかへらぬのてっぺいのレビュー・感想・評価

ゆきてかへらぬ(2025年製作の映画)
3.5
【かえらない映画】
男女の2度とかえらない史実の青春を描く。広瀬すずが体力を使ったというその演じ分けにも注目。まるでリサイクルマークのような三角関係が、見終えた後も余韻が深くてもうかえれない。

◆トリビア
〇広瀬すずは演じた泰子について次のように語る。「泰子は、大正というモダンな時代を自由にというか、必死というのか、無謀に駆け抜けた女性でした。本当に体力のいる役でした。」(https://www.yukitekaheranu.jp/2024/12/06/広瀬すず、木戸大聖、岡田将生と監督、脚本のコ/)
○ダンスホールでの喧嘩のシーンは、カットがなかなかかからず、ヒートアップしたと語る広瀬すず。「止めてくれる大人がどんどん増えていって、手が使えなくなったら私、最後は足出してましたけど…」(https://www.yukitekaheranu.jp/2025/02/13/ティーチインイベント-in-西南学院大学-レポート/)
〇泰子という女性が2人のアーティストをどう受け止めていたかということを描きたかったという根岸監督。「この話はトータルで15年ぐらいの話なんです。泰子の生き方は20代から、そのシーンごとに変化していく。この映画の中で一番見てほしいなと思っています。」(https://www.yukitekaheranu.jp/2025/02/06/ロッテルダム国際映画祭舞台挨拶レポート/)
○泰子は、生き方や考え方が変化する難しい役どころだったと話す根岸監督。「だから、監督も俳優も理解できないまま、一つ一つのシーンを積み上げていって、一人の人間を浮かび上がらせるしかなかった。そういう人なんだ、長谷川泰子は」(https://www.yomiuri.co.jp/culture/cinema/20250215-OYT1T50042/)
○順撮りの撮影に、役者にとっても撮りながら出来上がっていくものがあったと推測する根岸監督。「終盤で泰子に「さよなら」というセリフがありますが、その瞬間に見せた広瀬さんの表情にこの作品のすべてが結実しています。」(https://screenonline.jp/_ct/17742901)
〇泰子の衣装は、セーラーカラーや普段使いの着物、時代劇の着物など、精神的な変化や成長を表現するために巧みに活用されている。(https://www.yomiuri.co.jp/otekomachi/20250203-OYT8T50160/)
○ 役作りのため、山口県の中原中也記念館にも足を運んだという木戸大聖。天才詩人という困難な役どころだが、年上にかみつくような怖いもの知らずという共通点に「僕自身も広瀬さんや将生さんと中也として対峙しなければいけなかったので、負けないように演じなければと、そんな風に思いながら現場に立っていました。」(https://screenonline.jp/_ct/17739509)
○中原中也は8歳の時に弟を亡くしており、その悲しみをずっと抱えながら生きたと語る根岸監督。「彼はこの悲劇をバネに詩を紡ぎ出すんですね。そういった哀しみみたいなものを称えている詩人なんだと思います。」(https://www.yukitekaheranu.jp/2025/02/06/ロッテルダム国際映画祭舞台挨拶レポート/)
〇衣装に関して監督が一番こだわっていたのが、中也の被っていたつば広ハットだという木戸。「何回もフィッティングして、ハットについているベルトの幅やつばの長さ、質感にこだわりながら決めたので、ぜひ大きなスクリーンで確認していただきたいです。」(https://screenonline.jp/_ct/17739509)
〇岡田将生は演じた小林について、どういう人間なのか未だにはっきりと答えられないという。「泰子と中也の仲に入っていくことで彼は何を得ようとしていたのか、なぜ泰子に一目惚れしたのか、泰子を通して中也を見続けていたかったのかなど、いろいろな可能性があって。小林がなにを考えているのか悩みながら向き合いましたが、その時間がすごく楽しかったです。」(https://www.pen-online.jp/article/017815.html)
〇岡田は、小林という役が三角関係において受動的なのか能動的なのかが分からないところに惹かれたという。「自分が何かを求めていながらも、それを求める代わりに何かを失ってしまう、という状況が好きなんですよね。それがどうしてなんだろう、と思っていて。だから、小林を演じることで、自分が好きなこと、やりたいことを見つめ直すことができるのではないかと思ったんです。」(https://www.wwdjapan.com/articles/2038157)
〇岡田は中也と小林の関係について、お互いがいないと均衡が崩れてしまうくらい、ある意味一心同体だと話す。「中也がいい詩を書いたときに「お前は天才だ!」と言う小林は、同時に自分のことも誉めていたと思うんです。中也がいなくなったときの小林を演じるシーンでは、生命エネルギーがなくなった感覚になりました。」(https://baila.hpplus.jp/lifestyle/entertainment/68917/2)
〇3人でボートに乗るシーンは、中也は2人と離れた位置で外を見ている。木戸「泰子と小林のあいだに流れている空気と、それに気づいていない中也というのが、ボートのなかの3人の配置で絶妙に表現されているのだと、完成版を見て驚きました。」(https://www.gqjapan.jp/article/20250220-yukite-kaeranu-kidotaisei-interview)
〇本作は、脚本の田中陽造が40年以上も前に手掛けた“幻の脚本”に根岸監督がほれ込み、16年ぶりにメガホンを取った作品。(https://www.yomiuri.co.jp/otekomachi/20250203-OYT8T50160/)

◆概要
大正時代の京都と東京を舞台に、実在した女優・長谷川泰子と詩人・中原中也、文芸評論家・小林秀雄という男女3人の愛と青春を描いたドラマ。
【監督】
「探偵物語」根岸吉太郎
【出演】
広瀬すず、木戸大聖、岡田将生、田中俊介、トータス松本、瀧内公美、草刈民代、カトウシンスケ、藤間爽子、柄本佑
【主題歌】
キタニタツヤ「ユーモア」
【英題】Yasuko Songs Of Days Past
【公開】2025年2月21日
【上映時間】128分

◆ストーリー
大正時代の京都。20歳の新進女優・長谷川泰子は、17歳の学生・中原中也と出会う。どこか虚勢を張る2人は互いにひかれあい、一緒に暮らしはじめる。やがて東京に引越した2人の家を、小林秀雄が訪れる。小林は詩人としての中也の才能を誰よりも認めており、中也も批評の達人である小林に一目置かれることを誇りに思っていた。中也と小林の仲むつまじい様子を目の当たりにした泰子は、才気あふれる創作者たる彼らに置いてけぼりにされたような寂しさを感じる。やがて小林も泰子の魅力と女優としての才能に気づき、後戻りできない複雑で歪な三角関係が始まる。


◆以下ネタバレ


◆泰子
眠りから覚める泰子から始まる冒頭。雨の中、屋根の柿を泰子が拾ってタイトルへ。このどこか不思議で印象的な冒頭が示す通り、常人とは一線を画す泰子の生き様が本作の軸。中也といる間は、ローラースケートの笑顔が印象的ながら、中也を半殺しにする荒くれぶり。それでも小林に嫉妬するなんとも常人には難解な心情だが、のちに小林が“愛情のぶつかり合い”と称したように、独特の愛情表現だと解釈するとどこか可愛げにも思える。小林に乗り換えた後の心神喪失状態も、中也の時計への激昂ぶりも、何かに取り憑かれたかのような泰子の姿が広瀬すずの迫真の演技も相まってもはや魅力的。凛とした大女優が中也の死に泣き崩れる姿は、中也とどこか奥底でやはり繋がっていた泰子の表と裏が際立つ。泰子の変化を1番見てほしいとの監督の言葉の通り、広瀬すずの演じ分けも見事に際立っており、泰子の駆け抜けるような生き様はとても見応えがあった。

◆三角関係
本作の醍醐味とも言える三角関係。泰子が小林に乗り換えるまでは想像できるが、小林が泰子を通して中也を見ているという展開が実に面白い。“女は身体ごと惚れる”と泰子は小林を求めるが、小林は泰子を通じて中也を見つつ、泰子の中の中也にも気づき3人で会う。そしてあのダンスホールで泰子自身も中也への自分の想いに気づく。この時計周りにも反時計周りにもベクトルの向く、まるでリサイクルマークのような三角関係の図式が興味深い。“2本の支え”を失った泰子が愛に飢えて堕ちる描写に胸が痛みつつ、その事で返って自立し仕事が成就する。これが史実だというのだから、小説より奇なりとはよく言ったものだと思う。

◆ゆきてかへらぬ
中也が帰らぬ人となり二人が喪失を抱えるラストは、それ自体がタイトル通りの事象。“僕の心臓を食ってくれ”と中也が渡した手袋を、泰子が中也の胸元に戻す描写も印象的だった。外で会った小林が、“僕の事を見透かしていた”と中也の存在の大きさを語ったのは、やはり小林としても大きな“支え”を失ったという表現。つまりその小林は“支え”を欲しているわけで、そこにすかさず泰子が背骨の話をするのが絶妙。“2本の支え”を失って背骨が曲がるとの泰子の表現は、そんな仕打ちを受けた小林を到底支える気などないと言っているようにも見える。“さよなら”と吐いた泰子のなんともいじらしい表情が、ちょっとした復讐劇でもあり、本作で描かれた彼女の波瀾万丈な生き様を凝縮しているようにも思えた。小林にとってラストの泰子の背中は、それこそもう2度と小林のもとに返らない、まさにあの雲のような存在になったというとんちの効いた演出だと思った。

◆関連作品
○「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」('09)
本作同様、田中陽造脚本、根岸吉太郎監督作品。アマゾンプライムレンタル可。

◆評価(2025年2月21日現在)
Filmarks:★×3.2
Yahoo!検索:★×3.7
映画.com:★×5.0

引用元
https://eiga.com/movie/101978/
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