性別も年齢も職業さえも無意味にさせ、欲望のみで関係性が築かれていく異常な映画。男も女も母も息子も嫌われ者も神父も、欲望のもとに誰もが平等。当然、その愛という名目で誤魔化される欲望は人の死よりも重く、画面に映る陰茎は常に半立ちしている。
マトモな面しながら倫理や道徳を意図的に踏み躙り、極めて深刻なドラマかと思えば、「火サツ」程度の俗な映画を飄々と撮っているからギロディは映画作家としてエロい。
神父は被害者も愛していたし、もしかするなら被害者も過去に殺人を犯し、神父はその罪を隠蔽してきたかもしれない。作為がありそうで、何もないのが新しいというか、『テオレマ』的な構造にもしないし、殺人が起きるのに善悪で映画を撮っていない。物語自体が奇妙な生き物ようにヌルヌルと彷徨い、どこに行き着くのか全く分からない。
人はいつか必ず死ぬから殺人や事故で死んでもまあしょうがないと。案外、危険な思想をしれっと紛れ込ませているが、それを悪趣味や正しさの逆張りとして面白がっているわけでもなく、表現者として責任を取れる(背負える)だけの作品はそれなりに誠実に残しているのでデュモンやデュピューよりかは遥かに信頼している。