福田雄一の作品に触れたその日は仏滅大凶。身近な人が死にます。俺は血が混じったションベンが出ました。
青山真治組の役者と黒沢清組の役者と北野武組の役者が混ざり合ってヤクザごっこをしている。その色の付いた役者たちから外れた大沢たかおと片岡礼子のくだりが一番良い。青山真治は映画にこだわらず、NHKあたりで>>続きを読む
中盤、DJ気取りでアサイヤス監修「Hits Now」みたいな格好つけた音楽が垂れ流され、行き場をなくした若者たちが下向きながら廃墟で蠢いている。ハサミで髪を切ったり、空き地を燃やしたり、窓を割ったり。>>続きを読む
暇な時に00年代前後に作られた『スクリーム』の亜流ホラーを改めて見ていく作業。都市伝説をなぞる殺人鬼が現れて…。動機はまあ分かるとしても、この連続殺人を一人でやり遂げた犯人が凄いと言うか無理がある。パ>>続きを読む
その場に集まる人間観察。環境(土壌)の変化によって蟻の生態に違いが見えてくるのと同じ。ジッと眺め、会話を盗み聞きし、そこから浮かび上がる暮しや生活、人々の関係性。ラストは常に、その街の実景。
ボクシン>>続きを読む
『レディ・バード』のパクり元『Real Women Have Curves』の主演女優(アメリカ・フェレーラ)をわざわざ使ってクソデカイ映画を撮ってしまうグレダ・ガーウィグ。図太いというか、ゾッとする>>続きを読む
見てもしょうもないことは分かっているのだが、「騙し騙され」みたいな映画はうんざりしながらもやはり覗き見してしまう。主要人物それぞれの視点で語られる物語が最後に一つになり、誰が大金を手にするのか。
お粗>>続きを読む
ヘロイン系のダウナーなロブ・ゾンビ。妻ゾンビを中心に、狭くて小さな世界観。肉体破損より精神的な恐怖でジワリジワリとだが、内向きで退屈な時間も多い。悪魔のチャクラが開く妄想的な映像。ケン・ラッセルを目指>>続きを読む
原作リチャード・マシスンの一発ネタを引き伸ばすためのダラダラとした中盤が、陰謀論×妄想なリチャード・ケリー。00年代前後の終末観漂う空気に『ドニー・ダーコ』が偶々ハマって騒がれただけで、基本はどっぷり>>続きを読む
全編なにかしらの模倣ではあるのだけど、それでも映画の幅みたいなものは懸命に広げようとはしている。当時の黒沢清(なぜかサングラス掛けて出演しているが)映画と比較されるのはしょうがないとしても、黒沢清より>>続きを読む
ロスコー・アーバックルの『The Waiters' Ball』(『デブの料理番』)ありきで作られているのは間違いないとして、その厨房コントにバスター・キートンが加わることで「映画」が更に強度を増すのが>>続きを読む
表現(映画)への情熱の話というより、男と男の奇妙な結びつきの映画で、当然のように『ミニー&モスコウィッツ』を引きずるようなシーモア・カッセルの「自由」な動きは生き方とイコールで、その「愛」に振り回され>>続きを読む
映像ではなく言葉で構築されたデュラスの表現。想像を働かせ、その世界の朗読にそっと耳を傾けている感じ。どちらが優れているかではなく、アケルマン『モントレー・ホテル』との対比と類比。
地獄のつまらなさ。今さらレニー・クラヴィッツのコスプレしているようなキャラクターが出てきたと思ったら、本物の(老けた)レニー・クラヴィッツだった。ジェニロペの「私いま全力でコメディしてます!」って感じ>>続きを読む
エドガー・アラン・ポーも、そのイカサマについて書いているらしい「機械仕掛けのチェスプレイヤー」(隠れた人間が自動人形を動かしている)が面白かった。詐欺師たちが小屋に立て籠もってからが長い。兄は死に、生>>続きを読む
任天堂の金かけたプロモーションビデオぐらいの感覚で見れば十分楽しめる。マリオにクリス・プラット、ピーチ姫にアニャ・テイラー=ジョイ。今のアメリカ映画のど真ん中(本気)の人選。ドンキーコングはセス・ロー>>続きを読む
ジョニー・トーとアンドリュー・カムの共作らしいが、プロデューサーのツイ・ハークも大分関わっている(勝手に撮ってる)と思う。人がぐちゃぐちゃになる80年代香港映画特有の過剰な人体破壊、トーは紳士(のヤク>>続きを読む
誰にも愛されず道化師として死ぬ。幸福や成功を手にする前に人は裏切られ、挫け、狂っていく。結局、人生に意味なんてない。あの偽物のハートを渡されるぐらいの、ちっぽけな喜びのために私たちは生きて呆気なく死ん>>続きを読む
浮気した妻へのやり過ぎなラストが酷すぎて声出して笑ってしまった。みな無駄に死にまくるのも最高。妖術師の一人が霜降りの粗品にそっくり。にしても、改めてサモハンの動きが異次元。これだけ動けるぽっちゃりは、>>続きを読む
昭和の海戦ゲームを立体化させただけのようなつまらなさ。船内でちまちなと、伝令を受けて大声で指示出しての繰り返し。敵軍との駆け引きも船員との関係性も淡薄。一つ引っかかりのあるドラマを捏ち上げて緩急つけれ>>続きを読む
ついに娘を主役にして映画を作り出したアダム・サンドラーとNetflixの異様な癒着。友だちだらけでも胃もたれしていたが、一家総出のコメディは血が濃すぎてリアリティショーを見せられている気持ちに。マジで>>続きを読む
その代表作(演劇)を上演する劇作家を語るテレビの特別番組を映画として見せていく三重構造ぐらいになっていて、もう入り組み方が手に負えない。これもウェス・アンダーソンの過剰な妄想から創造する架空人物の伝記>>続きを読む
『スターウォーズ』『ブレードランナー』に続き、ハリソン・フォードの終活に付き合わされるアメリカ映画。
フィービー・ウォーラー・ブリッジは難しい役柄。知性と野心でフォードをサポートする相棒的な役割だが、>>続きを読む
サバイバルの一人芝居。一時、流行った気がする。監督主演なら、それほど予算もかからなかったと思う。深い哀しみから自らを傷つけ、立ち直る代わりに、その恩人は病気で死ぬ間際。もちろん、幸福も不運も生も死も平>>続きを読む
手持ちキャメラで常に対象を追いかけるように映していくドキュメンタリースタイルというより、サフディ兄弟のバッタモン感。
軽い気持ちで闇バイトに手を出し、人生めちゃくちゃになる弱者はどの国にもいて、それは>>続きを読む
このレビューはネタバレを含みます
マザコンで白痴の小太り中年なホアキン、歪な親子関係がトラウマとなりマトモな生活が送れず、その理不尽な代償として更に狂った社会がホアキンを笑いものにし、徹底的に虐げ、無垢な心を抉り、誰一人幸福にならずに>>続きを読む
イきそうイカせてくれない自慰行為を延々と見せられているような映画で、クローネンバーグの頭の中ではとっくに完結している箱庭の今さらの観覧ツアーというか。集大成と言ってしまうには映画は弱く、新しい発見は特>>続きを読む
『土砂降り』というシンプルなタイトルが格好良くて、まず満点。メロドラマというより、負のホームドラマ。これだけ気まずい葬式のくだりもそうない。妾の子どもの名前が「松子」「竹之助」「梅代」この適当さが最高>>続きを読む
ひねりも工夫もないラッセル・クロウの悪魔祓い、その豚のような体格そのままに鈍くてずさんな100分弱。監督の前作『サマリタン』もそうだが、王道(力技)というより単にイメージが貧困なんだと思う。トラウマを>>続きを読む
90年代トレンドの一つジョン・グリシャム的なミステリーに寄せているのだと思う。ばればれでバカみたいな変装している犯人を大まじめに映している間抜けな映画は嫌いじゃない。映画における「変装」って何なんだろ>>続きを読む
映画としては論外で、コントとしてはナイーヴ過ぎる、AVとして見ても抜けないし、ポルノ(映画)の括りにしてはセックスを舐め腐っている。それでも、その無駄な100分を松尾スズキの「表現」として俺は受け止め>>続きを読む
やんちゃで狂ったように暴力的で、それでいてどこか切なくて守ってあげたくなるクロエ・グレース・モレッツが俺たちは猛烈に見たいんだよ!という『キック・アス』から思考が停止している全世界のキチガイマゾヒスト>>続きを読む
ハッテンバーでの男たちの濡れ場が冒頭20分。吸茎も挿入もあるモロ出しだが、射精が足りない。ドドスコと鳴り響く音楽と共に行為を見せていくだけなら洒落たMV止まり、それから映画に一段上げるには精液が大切。>>続きを読む
激安団地でどうにか暮らしている低所得層の家族が「死者の書」を見つけて親子もろとも地獄堕ちって全然乗れないのだが。悲惨な目に合い、殺されるべきクズはもっと他にいくらでもいるだろ。
刺青彫ってる母親があっ>>続きを読む
それなりに映画のツボを押さえた作品を狙ってはいて、夏(バカンス)というより「遊び」の映画で、そこで土台になるのがゴダールやロジェ、リヴェットあたり。出鱈目なバカ映画へのアプローチはインテリ(映画狂)が>>続きを読む
ネトフリ大作のいつものゴミ。アクションは軽くてペラペラ、わざわざ興を削ぐ方向へと無駄にひねる展開(ストーリー)。
映画館に行くまでの面倒もなく、月に幾らか払って適当にチョイスした映画を片手間に眺めてい>>続きを読む