こんにちは、どこ行きはるんですか?
未来へ。
お気をつけて、行ってらっしゃい。
これから、数多の始まりや卒業をまだまだ繰り返すその頼もしさに涙が出るのは、1人の子どもの成長の喜びか。俺という大人への情けなさか。
なんにせよ、助かりまくり。
その大人への悲哀は、単に個人的な問題ではなく、きっと、作品の中で息苦しくも鮮やかに描いてもらっているから。
我々も未来へ向かってるのは同じはずだけど、
未知数って計算できたら、あかんから。
どんどん足るを知るなり、いろんなことをわかりすぎるから起きるのも、大人のケンカ。
子供のままでいることとか、大人になってから起こることとか、結婚は、無理を押し通す殺し合いやとか。
収入と、経済的な協力。会話が弾む明るい家庭。1人の時間と、再出発、新しい船出。2の契約書。
田畑智子さんの完全無欠なお転婆娘が揺れる狭間や覗く境界において、また、驚くほど身に覚えがある子供側の世界の充実。もしくは、限界を知らない故の全てがMAXを叩く瑞々しさ。
お祭り騒ぎと狂乱の教室。
鼻メガネ、謎ダンス、鼻オカリナ。
小学生の無茶苦茶と、教師鶴瓶。
作文と学校生活。
同じ境遇だとおっしゃる子。
女のおらんうちに会おうとしてた父親。
見てられへん大人同士の接触や。
なんで産んだん。
女子の中の派閥と、君を好きな男の子。
あなたが幸せになる方法をずっと考えとったんや。
と言える喜び。を知らない喜び。
子供の計画。
カップラーメン10個でもアレば、ニュースやテレビの取材が来るまで、自分の部屋に立て籠もれると、思います。
思ってましたよね。
寂しさを押し殺すような、ホームシックになるんちゃう?っていう願望や、うちの押入れと繋がったらどうする?っていう夢もファンタジーも、何気ないセリフの中で当たり前に存在する。
例えば、おばけも、サンタクロースも、ずっと近くにあって良かった時代。
霊的な交感や、あわや三途の存在感、月とお祭りにどんどん引き摺り込まれる。
上とは、2階ではなく、もっと上。の話から。
その水面をどこまでも行ってしまうのではないかと、とてもとても不安で、あの月に向かってどこまでも行ってしまうのではないかと、とてもとても不安であった。
子供の危うさ。
そこに拍車をかける、数々現れる、火の魔術。
アルコールランプ、大文字、妙法、焚き火、ドラゴン船。消えることを含めた輝き。
特に、死なんてもんは、また別次元の問題で、まだまだ、彼女にとっては、3年生の時の思いや記憶のほうが、近いのに。だから、勝手に走って逃げられたら、追いかけないと心配なのも、子供たる。
家族に起きた不思議な話。
お引越し。
来年もいこな。来年も来ます。
こうしてここまでやってきた、彼女を抱きしめて、おめでとうございますと言えたこと。
誠に、おめでとうございます。おめでとうございます。染之助染太郎です。
この大冒険、一大アドベンチャーが、
学校の発表という単位でおわる、
一つの夏の物語。最高。
電話の向こうの、黄色い服。見えている嘘。
電話越しのお祭り。
大雨のスピードと、パンチと流血。
見たらわかる、別居のところ。
もちろん、画面のデザインも、相米慎二監督に盛大にやっていただいていると存じますので、そういうことです。
大人と子供の対比。移動や、変化。があって、それはまた、大人も子供も結局は状態のモノやとして、その上で、大人は常に大人を目指すものやと思うけど、
そこにまた、現れた、
大人と親のチガイ。ってやつ。
そう、俺はもう随分と、それはそれは、
スーパー立派な大人やけど、
あなたはもう親になっている。