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敵のmarimoのレビュー・感想・評価

(2025年製作の映画)
4.2
たまには仕事終わりに映画でも
平日のレイトショーは当日でもエグゼクティブシートが残ってる幸せ

座席に向かうと私の席に老人が座っていた…敵か?

チケットを見せると、「悪い、間違えた」とすぐに動く老人…
違和感…こいつここが自分の席では無いと気づいていたのでは?
老人の移動した先に目をやると私の座席の後ろの”一般席”だった
このジジイ確信犯か…敵だ!

苛立ちを押し殺してジジイが倒したシートのリクライニングを一度戻してから再度自分に合わせて深めに沈む…
シートに残るジジイの体温が伝わってくる…敵だ!

作品が始まって集中していると、背後のジジイが内容に合わせて相槌だったり独り言のようなリアクション
やたら音が響く袋をガサガサさせる
自分が発する音がいかに劇場マナーとして最低かを意識すらしていない…敵だ!

しかしこの作品はジジイ映…
失礼しました、老人映画

隠居した老後の日常を淡々と描く作品
老人の社会と隔絶される事への不安
そして渇望する人間関係だったり性欲
背後に感じるジジイの存在感は
本作を観る上ではまさかの臨場感

こんなジジイにはなりたくないと背後の存在に感じながら
劇中に描かれる長塚京三が演じる老人は「PERFECT DAYS」の役所広司にも通づるまた一つの理想の隠居生活のモデルケースなのだ

そして本作のタイトル「敵」の存在

自分の中で決めた法則が阻害されたり
人間関係から生まれる軋轢や悪意など
外側から攻めてくるもの
それらをすなわち「敵」と捉えることもできるのだが

過去の自分自身の行いに対する記憶や、自分自身の卑猥な想像すらも「敵」として自らに牙を向けてくる
それは老いへの抗いであったり
いまだに残る自己へのプライドだったり
抑えられない性衝動であったり
内側から攻めてくるもの

現在進行形な事だけではなく
現実と妄想と夢が同じ階層で混在して恐怖と居心地の悪さも良さも同時の共存するなんとも発熱時の夢のような感覚

贅沢をせずとも丁寧な暮らしはできるが
それも金が無ければじわじわと生活は乱雑になっていく
そんな描き分けも説明的にならず素晴らしい

彼の中で預金残高から計算された丁寧な暮らしが出来ている時には
瀧内公美が演じる鷹司靖子や、バーで出会う河合優実演じる菅井歩美のような清楚な色気を纏った女性が登場してその前では格好つけようとする
まだ意識が「死」ではなく「生」に向かっているのに対して

預金残高を失い生活に余裕が無くなってからは、亡き妻の姿を見るようになり
妄想や強迫観念に取り込まれていく
急速に意識が「死」に向かっていく
これは「死」という現実に追い込まれた精神的な幻覚なのか、死に触れながら見た走馬灯なのか

考察すればするだけ、観客の数だけ存在する「敵」を感じれる面白さ
日常が狂っていく様相は、どこか黒沢清作品の気持ち悪さにも似ています

クライマックス中島歩さん演じる相続人の甥が双眼鏡で覗く先に映る姿を通して思うのです…
1人でレイトショーに来ていた背後のジジイ
あれは未来の自分の姿なのかもしれない
あの年齢の私は丁寧な暮らしが出来ているのだろうか…忌み嫌われる老人になっていないだろうか

今だって乱暴な暮らしをしているんです
丁寧な暮らしは無理なのかもしれない
フライング気味に未来の自分が「敵」として攻撃してきた謎の臨場感
...これはあのジジイにありがとうなのか?

作品内のとあるシーンが
自分の目では見れないはずの未来に起こるシーンと重なっていたような演出があり
その印象からあの老人に自分を重ねてしまったのかもしれない

…いやどれだけ歳を重ねても私は映画館マナーはちゃんと守ります
やっぱりあれはただの実在する「敵」だ!

そんな「敵」にも出会える映画館での鑑賞がオススメです
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劇場名 :109シネマズ川崎
上映日 :2025/01/21(火)
上映時間:21:30 ~ 23:30
上映劇場:シアター9
上映作品:敵
座席  :F -10
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