青春の残酷さと希望のはざまで
●原作未読です。石黒正数作品は読んでないです。『天国大魔境』アニメしか観てないもので、申し訳ございません。でも多分好きな作家さんです。
阪元裕吾監督が本作を撮りたくて『ベイビーわるきゅーれ』を作ったとのことですが、なるほどそのオフビートでダラダラとした会話部分は今回大変純度が高く、主演の2人よりも周囲の人々の馬鹿げたくだらない会話にその真価が発揮されてるなと思いました。
バンドメンバーによるくだらない自炊の話、VHSの重みのくだり、ロングコートダディ兎のアート仲間界隈のペラッペラなウザ絡みなど、これぞ阪元裕吾監督の真骨頂と言えるでしょう。
特に田口と伊藤の人生を見切った低温度の会話が癖になるんです。(「例えが多くてわかんねえよ!」が好き!)田口の、人のことを『経由』地扱いする失礼さもスゴイですが、伊藤の風貌含めた通じ合わなさ感は、『ドンブラザーズ』の桃井タロウ(ドンモモタロウ)役でも全く周囲と関係性を持つことの出来ない役を演じた樋口幸平さんの持つ個性をそのまま反映。繋がっていないイヤホンやライダーベルトを常に装着しているヤバさもありつつ、実は良い奴という唯一無二感で主演を食ってたように思いました。
ひょっとすると本作の最も伝えたかったことをこの伊藤と田口のふたりに言わせてるのかもしれません。
●「やりたいことがある人」と「ない人」の間にいる8割の人々へ
特に
「やりたいことのある人とやりたいことがない人の間に 何かしたいけど 何が出来るのか 分からない人って カテゴリーがあって 8割方 そこに属してると 思うんだがね」
という伊藤のセリフは、おそらく全世代の、インフルエンスされる側の我々に刺さりまくる一言ですし、田口の「毎月課金してたってこれだ!」というセリフは、カタチに残らない配信サービスやゲームにお金を払う世代の叫びであると同時に、広く人々に普及しなければ無かったことと同じ、という芸術性ととポピュラーの二律背反性を示しているとも思います。
また、伊藤の
「最近は周りに情報がありすぎてが多すぎて 自分レベルの人間が どの地位止まりか 早い段階で見えちゃうんですよ」
は多分15年以上前の時代に描かれたよりも今の方がわかりみが過ぎるくらいリアルな若者の心境なのかもしれません。入巣、伊藤、田口の3人にはもちろん、好きなことに打ち込んでいる鯨井ですら才能とその若さの賞味期限に焦っているのです。
●『ベイビーわるきゅーれ』とは似て非なる関係性
鯨井と入巣の2人は『ベイビーわるきゅーれ』の2人に近いようで近くないんですね。金髪と黒髪の立場が先輩後輩で、意外とちゃんと社会的にバイトを続けている黒髪の入巣の方が自己承認が低く、後輩という立場。金髪の鯨井は社会的に全然だめなようで自分で夢のために仕事を拾ってくるし生活力のある先輩。将来の夢に向かって努力をする忍耐がある。ただし突発的な暴力を振るう入巣は、初期べびわるの髙石あかりの異常性に近いところがあるかな。
本作の2人はとにかくお金がありません。べびわるの二人は殺し屋稼業で食いつないでいるだけまだお金がありますよね。資本主義の底辺にいるのが昔からの大学生の当たり前ではあるものの、現在は物価上昇、円安によりさらにひどくなって、貧乏からの抜け出さなさは当時よりすすんでいます。
そんな中、鯨井に近づいてくるのが資本主義の犬のような悪い大人たち。レーベルの会社員が最強殺し屋伝説国岡を演じた伊能さんということで、今回は殺しのテクニックを封じてテイカー気質の趣味悪ビジネスマンという感じです。伊能さんはアクションだけでなく本当に演技がうまい。こういう、人への共感性が低い役を演じさせると異常にうまい。バッチリなキャスティングですな。
プロデュースする側の、説き伏せるような優しい言い方は、思うように相手をコントロールしたいがための言い方で、まるで子どもを扱うが如くです。こうやって、初めての商業的な世界で緊張している若者たちを掌握してるんでしょうね。簡単にテレビに出せるような言い方でマウントをとってくる。
●「売れること」と「自分を貫くこと」の狭間で
ここで鯨井を苦しめるのが、先ほどの、自己表現と大衆性の二律背反性です。
正直ここまで本人のやりたい音楽性を無視したプロデュースなんてあり得るのかな、とも思ったのですが、現実においてyuiさんなんかは、休養後ずいぶんと音楽イメージが変わったのですがどうなんでしょうね?こういうこともあり得るのかな?
匿名のアーティスト名も今っぽい。
ライブハウスに行くような人だけではなく、一般家庭の親子が歌を歌うくらいになれば、まさにこれは「売れた」ということになるわけで、それをちゃんと描いているんですね。彼女の曲を口ずさむ、通りすがりの家族の会話も、阪元裕吾監督らしくリアル。嫌なところは何一つ無く平和で自然な風景なんだけど、視点が変われば残酷な風景なんですよね。
また、特に本作ではイートシーンが多いのですが、それもちゃんと「売れること」と「自分を貫くこと」の選択肢のイメージとして強く関わってきますね。うまいものを好きなだけ食べられる生活か、貧乏だけど好きな人たちとの生活か。ステーキかレトルトカレーか。(ちなみに天かすのエビ天丼は食べてみたい気もするが。)
私は特に、鯨井よりもバンドメンバーの方に感情移入してしまいましたね。ライブのラストで観客席にいる彼らにどっぷり入り込んで、彼らのエアプレイにうるうるしてしまいました。
●「ネムルバカ」の音楽が弱い?
正直に言うと、ここで「ネムルバカ」という音楽作品の持つ力にがちょっと弱いことが気になりました。というより平祐奈さんの声質がやっぱり可愛くて声優っぽさもあるのと、Jポップ感もあって微妙な気がしたのが残念。4コード進行くらいでガシャガシャいけるシンプルなアンセム曲、例えばレディオヘッドのCreepのような曲であってほしかった…というのは望みすぎでしょうか。特にラストはギター1本なので、アレンジを聴かせない曲にすべきはずだったんですよね。割と音楽に関しては評価高いので期待してたのですがイメージと違いました。
●ドンブラファンへのサプライズ&パンフレット難民の悲劇
あと、ラストにドンブラザーズ文脈のあの人が登場するのも、樋口幸平さんつながりでちょっとウルウルきてしまいました。意外なキャスティング。
しかも上映6日目にしてパンフレット売り切れってマジなんなのって感じです。「最近は映画会社もリスクを背負いたくないのかパンフレット軽視で全然作品にリスペクトなさすぎるでしょー!」ってちさまひの叫びが聞こえてきそうです。