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僕と、パパと、ホントのパパを見つけるまでのLCのレビュー・感想・評価

3.7
面白かった。

「 Lo mejor del mundo 」は、「世界で1番素晴らしいこと、或いはもの」を意味するんだけれど、これは具体的な対象よりも、抽象的な何かを指す表現になっている。
その為、物語を追っていく中で、見ている人がそれぞれに、何が大切なのかを考えられるようになっている。

主人公は、まるで何かから意識を逸らそうとするように、お仕事を忙しく嗜んでおる。いつでもどこでも誰と居ても、頭の中は仕事で占められているようだ。
その様子に、別れた妻さんも、2人の間の息子さんも、ずっと傷付いてきていたみたい。
作中で「今から大事なこと言うで、ぼくな、きみの父親ちゃうんや」と主人公に言われた時、息子さんは「 No me duele (痛くない)」と返していたと思う。今までずっと気にかけてもらえず、意識の外に出されっぱなしで、ずっと痛かったのだろうから、改めて何か言われたところで痛む余白はもう、なかったんだよね。
ところが、主人公は自分が父親じゃないかもしれないこと、相手がそれを話してくれなかったことに対して、大変に衝撃を受ける。
ついでに、息子さんが自分とは違って傷付かない様子にも、非常に強い衝撃を受ける。
この突然の衝撃を、彼は既に1回経験していたようで、再び同じような場面に出会した彼は、今度は仕事に逃げないで向き合う選択をしていく。

当初は「私が息子を連れて遠いところに行くっつってんのに、寿司の話しか?マジか?」と言われれば、「弁護士呼んで阻止してほしいってか」と返す主人公が、段々と自分にとって何が大切なのか見つけていく様子が心地良い。
相手だって、喧嘩したかったわけじゃないのだ。ただ、自分の子どものことだけでも大切に思っているのかどうか、きちんと確認したかったんじゃなかろうかな。
ところが主人公は「あいわかった、弁護士ね」なんて言う。その時の彼にとっては、未だに疼く自分の傷や、処理しきれていない混乱を宥める方が大切だった。
もっと平たく、容赦なく言うなら、その時の彼にとっては、彼自身のみが大切だった。
別れた妻さんのことも、息子さんのことも、結構強めに意識の外に追い出してきちんと向き合わず、そのくせ話しを聞く素振りだけは雑に示す。それって、自分が今以上傷付かなくて済むようにしていた姿だったのかもしれない。
彼がやっと意識を変化させたのは、取り返しのつかない喪失と、ひとつのデータを目の当たりにした後だった。

知りたくて走り回った結果、ハッキリする部分もあれば、どうしてもハッキリしない部分もある。
でも、1番大切なことって、自分と息子の血が繋がっているかどうかなんだろうか。息子の本当の父親を見つけ出すことが、最重要事項なんだろうか。
たぶん、息子さんにとっては、「本当の父親か否か」という部分ではなくて、「自分と向き合ってくれる父親が見つかるかどうか」が大切だったのかもしれない。
いつだって向き合ってくれて、一緒に問題に立ち向かい、走り回ってくれる。そういう家族がいることは、確かに世界で最も素敵なことのひとつだ、断言できる。

主人公たち親子を支える者が、複数いる。
それぞれに支え方が異なるので、主人公はきっと、その人たちから学ぶことがたくさんあったんじゃないかな。
あ、自分、今まで息子に同じ対応してきてたわ。あ、こういう時、真剣に聞く姿勢を示してもらえると、こんなにほっとするんだな。
自分の傷付いた心ばかりに注目していた時には気付けなかったことを、主人公はまるで息子さんと同じくらいの齢の者のように、みるみると吸収していった。
その様子も、世界で最も素晴らしいことのひとつかもしれない。幾つ年月を重ねても、人は成長を続けていくし、自分の傷に苦しみながらも、誰かの為に奮闘出来る。

主人公が息子さんにアルバムを見せる場面も、とても好き。
父と子、その事実関係があるから、絆が生まれるのではない。どのように時間を積み重ねるか、その内容で絆が育まれるのだよね。
家族って、自然に、当たり前に出来上がるものじゃなくて、ひとりひとりの選択や努力の積み重ねで形作られるものだ。
今一緒に生きている相手を大切にしながら時間を重ねること、その結果育まれ実るもの、それらも確かに、世界で最も素晴らしいもののひとつだよね。

息子さんは、とても賢い子だった。相手の失敗ではなく、今自分とどのように向き合い、今自分とどのように過ごしてくれるかを見つめることが出来る子だった。
失敗することも、情けない姿を晒し合うこともある。それが一緒に生きるということだもの。
それで壊れるものがあっても、再びお互いに協力して忍耐強くやり直すこともまた、一緒に生きるということだ。
息子さんは、そういうことを、小さいながらに見失っていなかったように思う。
主人公が、やっととーちゃんに戻ってくれたことがわかって、大満足だったんじゃないかな。とーちゃん、ずっとどっか行っちゃってたんだものね。
彼が探していた父親はきっと、具体的な個人のことじゃなかったんだろう。とーちゃんだった頃のとーちゃんをこそ、探したかったのかもしれない。
だから、見放し切らず、諦めずに、声をかけたんじゃなかろうかな。
主人公は、過去ばかりを見つめていて、取り返しのつかない瞬間まで変われなかった。
もう、どれだけ向き合いたくても、夢の中でしか会えない者がいる。

生きていく為に仕事をせねばならない。
再三に渡ってそういったことを語る主人公が、大切なものと大切なものを、それぞれきちんと区別する瞬間が楽しい。
代えの効く大切なものと、代えの効かない大切なものがあって、特に、家族はその構成員を適宜変えながら成り立つ性質のものではない。
一時は即座にばあばに預ける選択をした主人公だが、「他の人に任せちゃ意味ないことってあるやん」と、わかりやすく算数の課題を使って教えてくれた者たちもいた。
積み重ねた時間がある。息子さんは、これからも、あなたと時間を積み重ねたい筈で、主人公もやっと、自分の望みを素直に理解出来たんだろうね。
素直な気持ちを認められること、それも、紛うことなき素敵なこと。息子は行ってしまうんだと思った時の気持ちを、これからも忘れずに過ごせたらいいね。
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