YasujiOshiba

昭和残侠伝 血染の唐獅子のYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

昭和残侠伝 血染の唐獅子(1967年製作の映画)
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ブルーレイ。なぎちゃんのおすすめ。最高。話はシンプル。

資本主義のもとで金の魔力に取り憑かれた当世風の信仰ヤクザが成り上がってくるなか、昔気質の古いヤクザが駆逐されてゆく。その古いヤクザが資本の論理に一泡吹かせる意地を見せる。

イタリアのマフィアにも同じことが起こっている。昔気質のマフィアと信仰マフィアの闘争は、時代の境目で起こる。

柄谷風に言えば、交換様式AやBの「力」で動かされている人間と、交換様式Cの「力」で動く人間の対立。

どちらの力も「霊的で」「物神的」でその意味で「神的」な働きをするだけれど、様式の違いがヤクザものの心持ちの違いとして現れる。だから「古いやつだとお思いでしょうが」という高倉健は、常に忘れ去られつつある過去の霊の回復として、現在の霊を超越する力を発揮し、そこにぼくらはカタルシスを感じるというわけだ。

それにしても藤純子がかわいい。ほとんど(宮崎あおいはちょっと違うけど)上戸彩を思わせるぶりっ子ぶりだけど、そのぶりっ子が許せてしまうぶりっ子。なにしろ立ち振る舞いに、文字通り「舞い」が入っている。その人工的にカブいた動きが、「ぶりっ子」ぶりを誇張するものだから、こちらの心もカブいてしまう。かたわらで、健さんがそのなで肩に長い顔を傾かせてくれるものだから、藤純子の放つ「ぶりっ子」に倍音がかかって、心室が震えまくってしまうというわけだ。

だってさ、健さんの白い軍服が似合わないこと似合わないこと。あれにはきっと、亡霊として帰還した力という比喩的意味があるんだろうな。だって、着流を羽織った瞬間に凄みが増すんだよね。健さんの凄みを倍増させるのが池部良。彼は肩がしゃんとしてるんだよね。だから着物に幅がある。健さんと二人が並ぶと、実にアクセントがついてよい。かっこよい。

そして殴り込みというわけだけど、殴り込みはいいんだよね。ドタバタなんだよね。ヤクザの喧嘩ってのは、剣筋なんてバラバラで、それじゃ切れないだろうという振り回し方。致命傷になるのは突き。短剣で突く。さすがにそれだとヤバイ。だからあのドタバタのチャンバラで倒れる見方は突き刺されながら死ぬ。

そうやって殺されるのが、惚れた芸者の見受けのための600円を工面しようと、一家のシンボルである纒(まとい)を質に入れた一升瓶の音吉(山城新伍)であり、今風に言えば「ニューロ・ダイバース」であるお坊主竹(津川雅彦)。

音吉が自分のために質に入れた纏を、健さんのところに届けてから、身投げする芸者染地(牧紀子)の亡骸を運ぶシーンが良い。川からひきげられ染地を、当世風に金のためならなんでもやってしまうという資本主義ヤクザの阿久津組の事務所に運ぶ鳶政一家のみごとな葬送行進の美しさ。返された纏が一振りされるのは、本来そうされるべき火事ではなく、この葬送のシーンなのだ。

1967年の作品。当時の学生たちがこぞって見たという。その誰もが交換様式Cへの疑念を感じていたのだ。だからこそ、この銀幕に、回復された原初的な交換様式のあり方を見出し、忘れ去られた霊力の回帰を願ったということなのかもしれない。

少なくともぼくは、今、ここに、そんな回復と回帰を見て、思わずうなってしまっているのだ。

追記:〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 時代は昭和初期だという。だとすれば、物語の鍵となる歴史的イベント「東京博覧会」とは「大礼記念国産振興東京博覧会」のこと。ウィペディアによれば、「1928年(昭和3年)、上野公園で行われた博覧会で」「上野公園での大規模な博覧会としては最後となった」であり、「昭和天皇の即位の大礼を記念し、国産品の振興、普及のために開催された」という。

 だとすれば「血染めの唐獅子」の時代設定は、歴史の分かれ目にある。なにしろ、1929年にはウォール街で株が大暴落して世界恐慌がはじまる。日本でも「世界恐慌に端を発した大不況により企業倒産が相次ぎ、失業者は増加、農村は貧困に喘ぎ疲弊する一方で、大財閥などの富裕層は富を蓄積して格差が広がり社会不安が増大」してゆくわけだ。

 そんな状況が引き起こすのが1932年の「5・15事件」。海軍青年将校たちが内閣総理大臣官邸に乱入、内閣総理大臣犬養毅を殺害。事件の公判が開始されると「純粋に国家について憂い日本の現状を打破するために決起したという法廷での被告人らの主張が報道されると(…)被告人らに同情しその行為を称揚する世論が盛り上がる」。

 なるほど、だからこそ高倉健は、あの海軍将校の白い軍服を着て登場することになったのか。そう考えると『血染めの唐獅子』という作品は、実にみごとな歴史研究への案内書になっているのかもしれない。
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