ぶりりん

乱のぶりりんのレビュー・感想・評価

(1985年製作の映画)
5.0
午前10時の映画祭、何十年かぶりで「七人の侍」を観た。画面からはみ出さんばかり溢れるパッション、日本映画の金字塔の名に相応しい疾走感溢れる人間賛歌の胸アツエンターテイメント。

でも自分がリアルタイムで観ることが出来た黒澤作品ってもう晩年に近いものばかりなんですよね。この「乱」も学生の頃に劇場で観ています。
当時は巨額の製作費ばかりが話題になり、大仰でこだわりの強い面が悪目立ちしている印象でした。影武者、乱、夢、と不自然なメイクや悪夢のような色使いにクラクラしながら劇場を後にした記憶が。
そんな思い出を確かめようと「乱」を再見してみたら、まったくの見当違いにビックリ!
リア王をベースに架空の戦国武将秀虎が運命に翻弄される悲劇なんですが、当時違和感しかなかった仲代達也のメイクがお話にぴったりと合っている!彼は悲劇の主人公でありながら狂言回しの道化でもあるんですね。狂人となり常に大袈裟に目を見張り自然な芝居など一切ありません。

「乱」はスケールも大きく合戦など屋外ロケが大半を占め、とにかく引きの画が多い。今どきの映画に慣れた身としては贅を凝らした美しい衣装や役者の顔などもっとアップで観たいのにそうはいかない。お話は神の目線で描かれているので人間の内面など知ったことじゃないのです。「七人の侍」や「赤ひげ」で人間賛歌を謳った黒澤作品とはおおよそ真逆といってもいい内容。

息子たちに家督を譲り安穏な余生を夢見る秀虎。それを嘲笑うようにこれまでの悪行が形を変え牙を剝きだす。狡猾な家来や未熟な息子たちの甘言に丸め込まれ、築いたもの全てを失い、我が子同士が殺し合う阿鼻叫喚の地獄絵図が秀虎の面前で繰り広げられる。

前半の見どころは何と言っても三の城落城シーン。一の城には姫路城、二の城は熊本城をロケに使い、三の城は炎上シーンをじっくり撮りたいが為に基礎から作りあげたという贅沢っぷり。仲代達也が4億、4億と唱えながら階段を降りたとか降りないとか(^ ^)

後半は狂った秀虎が荒野を彷徨い、さらなる無間地獄へと堕ちていく。
追放した三男はうたた寝する父のためソッと木陰を作るような素朴な優しさの持ち主で、無作法で遠慮のない彼だけが真実を言い当てていた。何もかも失った父に三男は手を差し伸べるが、憐れな老人は己を恥じ逃げ惑うばかり。
迎えに来た三男と正気に戻った父の束の間の平穏も隣国との合戦の中無惨な最期を迎える。

あらすじはリア王なんですが、よくぞここまで戦国時代に話を落とし込んだと感動です。黒澤明の旗フェチ馬フェチ鎧兜フェチも存分に堪能できるし武満徹の楽曲も素晴らしい(喧嘩したらしいけど)。
のどかな小鳥の囀りの元、救いのない悲劇がもたらす無常感はまさに天から覗いた神の目線によるもの。これも出来たら映画館でもう一度観たかったな。
ぶりりん

ぶりりん