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鍵
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目次

鍵の作品紹介

鍵のあらすじ

「俺が死んだ後、誰かに抱かれるなんて我慢できない。どうすればいい︖」 ⼯務店を営む剣持耕三は医者に余命半年の宣告を受ける。 歳の離れた妻・郁⼦を案じた剣持は、部下の⽊村と郁⼦を浮気させようと画策。 「浮気だのなんだの揉めてるうちは、俺が死ぬってことを忘れるだろう」 そのことを知ってか知らずか、徐々に距離を近づけていく⽊村と郁⼦。思惑通りに事が運ぶも、 どうしても郁⼦への想いを捨てきれない剣持は、⾝体の衰えとは裏腹に次第に嫉妬を募らせていく。 さらに郁⼦の⽇記を盗み⾒ると、そこには⽊村の⾁体に強く惹かれる郁⼦の気持ちが⾚裸々に綴られていた。 「⼀⽇でも⻑く⽣きて郁⼦を抱きたい。もっともっと抱きたい」 死を前に燃え上がる男の執着と偏愛の⾏き着く先は..

原題
製作年
2026年
製作国・地域
日本
上映時間
94分
ジャンル
ドラマ恋愛
配給会社
ムービー・アクト・プロジェクト

『鍵』に投稿された感想・評価

kuu
3.3
『鍵』
製作年 2026年。上映時間 94分。
映倫区分 R15+ 製作国 日本

谷崎潤一郎という日本文学の巨嶺が遺した、あの粘膜質で密室劇的な心理戦。
それを令和の現代に移植し、あえてカラリとしたユーモアの風を通したんが、いまおかしんじ監督による今作品やと捉えてる。
かつて市川崑や木俣堯二、あるいは奇才ティント・ブラスらが挑んだ過去の映像化作品群のよな、おどろおどろしい官能を期待すると、見事に意表を突かれる。
そこにあるんは、死と云う絶対的な孤独を前にした人間の足掻きを、どこか滑稽で、しかし痛切な生への執着として再構築しようとする意志はあったかな。
 
主軸を担う吹越満の演技アプローチは、冷徹なインテリだった原作の夫像を、地方の工務店を営む泥臭い男へと見事に解体してみせはしてた。
余命半年を突きつけられた男が、年の離れた妻への執着ゆえに他者(小出恵介演じる部下)と浮気させるという倒錯した奇策へ走る姿は、悲劇と喜劇の境界線を綱渡りするような不条理劇、アブサーディズムの様相を呈してもいる。 
妻役の菅野恵が見せるエロティシズム、そしてその肉体を揺さぶる存在としての小出恵介のどこか軽薄でいながら健康的な若々しさ。この三者の歪な三角形が、94分という極めてタイトな尺の中で乾いたテンポのまま駆動していく。
※アブサーディズムは、人生や世界に客観的な意味・目的は存在しないという前提を認めた上で、その無意味さ(不条理)に絶望せず、自らの意志で今を肯定し、反抗的に生き抜こうとする哲学。
 
今作品は原作に漂っていた、隠蔽と窃視の悦楽(秘密を隠し、それを覗き見ることで得られる背徳的な快感)という密室性を、現代的な不在の恐怖(自分がこの世界から消えて忘れ去られることへの怯え)へとスライドさせている点は興味深いし、スマホの画面や日記ってツールを介在させつつも、ここで描かれるのは記号化された欲望ではなく、肉体が消滅することへの根源的な恐怖がある。
自分が死んだ後の世界でも回り続けるであろう、妻の性と他者の生。
それを自らの手でコントロールし、あらかじめ破滅を演出しておくことで、主人公は自らの消滅を先延ばしにしようとする。
これは単なる寝取らせの構図ではなく、死という最大の理不尽に対する、ちっぽけな人間のマニピュレーション(他者操作)の試みなのやと思います。
 
人間が持つ承認への渇望と、終わりある生への眼差し。 
人はしばしば、ただ平穏に生きているだけでは自らの存在を実感できず、他者の激しい感情を誘発させることでしか自己の輪郭を確かめられない。
今作品の夫はまさに、妻の裏切りとそこから生じる狂おしいほどの嫉妬という摩擦によってしか、自分が今生きているという手触りを呼び覚ますことができない。
死の宣告によって自己の存在価値が揺らいだ男が、他者を巻き込む劇薬を脳内に流し込むことで、私はまだここにいると激しく自己主張している。
また、死を避けられない運命として見つめたとき、主人公が選んだこのドタバタ劇は、死の恐怖から目を背けるための退廃的な気晴らしであると同時に、これ以上ない生への執着の証明とも云える。
 
これら独自の解釈や、人間のダメな部分を丸ごと「まあ、人間なんてそんなものだよね」と肯定するような監督の温かい眼差し、職人気質の確かな役者陣のアンサンブルには大いに敬意を表したい。
映画的な完成度や、谷崎のドロドロした愛憎劇をポップに裏切るという批評的アプローチは十分に理解もできる。
しかし、一人の観客としての実感を吐露するならば、今作品の持つその風通しの良さこそが、小生の肌にはどうしても馴染まなかった。
 
谷崎文学の真髄とは、逃げ場のない湿度の高い暗がりで、互いの嘘を栄養にしながら肥大化していく関係性の毒素にあると個人的に思ってます。
今作品が提示する、どこか爽やかでさえある人間賛歌的な結末や、嫉妬すらも生のエネルギーとして肯定していくカラッとした手触りは、あまりに健康的すぎて拍子抜けしてしまったのが本音です。
人間は愚かで愛おしいという結論に、物語が綺麗に着地しすぎてしまい、あのエロティシズムの裏にあるはずの業の深さや、精神が崩壊していく底なしの恐怖が綺麗に抜かれてしまったような寂しさが残る。
もっと倫理観を泥泥に汚し、映画館を出た後も服にまとわりつくよな不快な官能と精神 of 摩耗を求めていた身としては、この洗練された令和の鍵は物足りない優しさに満ちていたかな。


あらすじ・キャスト
工務店を営む剣持耕三は、医者から余命半年の宣告を受ける。歳の離れた妻・郁子を案じる彼は、部下の木村と郁子を浮気させようと画策し、木村と郁子の距離は徐々に近づいていく。自らの思惑通りに事が運んだものの郁子への思いを捨て切れない剣持は、身体の衰えとは裏腹に嫉妬心を募らせていく。そんな中、剣持が郁子の日記を盗み見ると、そこには木村の肉体に強くひかれる郁子の気持ちがつづられていた。

嫉妬心に身を焦がす不器用な主人公・剣持を吹越満がユーモラスに演じ、妻・郁子を「海の沈黙」の菅野恵、剣持の部下・木村を「愛のぬくもり」の小出恵介が演じる。「化け猫あんずちゃん」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじが監督・脚本を手がけ、「真夏の果実」でもいまおか監督と組んだ松本稔が共同脚本を担当。
舞台挨拶あり。(吹越満さん・菅野恵さん・新藤まなみさん・丸純子さん・いまおかしんじ監督 登壇)

谷崎潤一郎作『鍵』を現代版解釈で画く。

「俺が死んだ後、誰かに抱かれるなんて我慢できない。どうすればいい?」
工務店を営む剣持耕三(吹越満さん)は医者に余命半年の宣告を受ける。
歳の離れた妻・郁子(菅野恵さん)を案じた剣持は、
部下の木村(小出恵介さん)と郁子を浮気させようと画策。
「浮気だのなんだの揉めているうちは、俺が死ぬってことを忘れるだろう」
そのことを知ってか知らずか、
徐々に距離を近づけていく木村と郁子。
思惑通りに事が運ぶも、
どうしても郁子への想いを捨てきれない剣持は、
身体の衰えとは裏腹に次第に嫉妬を募らせていく。
さらに郁子の日記を盗み見ると、
そこには木村の肉体に強く惹かれる郁子の気持ちが赤裸々に綴られていた。
「一日でも長く生きて郁子を抱きたい。もっともっと抱きたい」
死を前に燃え上がる男の執着と偏愛の行き着く先は。

原作は未読。

互いを想う優しさに溢れていた。

重苦しさを感じない作品。

2026年331作目(劇場272作目)
3.3
原作は未読。
というか、谷崎潤一郎の作品が未経験。

予告編の感じから、ドロドロ淫靡なものを予想していたのだが、予想に反してカラッとした感触。
原作もそうなのかしら?

B級テイストが漂い、ラストのオチもまぁよくある感じなものであったので、正直ちょっと期待外れだった。
文学作品の映画化としては、こんな感じでいいのかな?
原作を読んでみるか。

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