傑作。2025年ロカルノ映画祭コンペティション部門選出作品。ハナ・ユシッチ長編二作目。20世紀初頭、クロアチアの山間部にある小さな村に黒ずくめの女がやって来る。彼女はチリから来たテレサという女性で、この村出身だったマルコという男の妻だといい、彼の遺骨を埋めに来たと話す。夏の間、村の住民はほぼ全員羊を連れて山に入るため、残っていたのは"役立たず"として留守番していたマルコの妹ミレナだけだった。やがて、一人だけ先に下山してきたミレナの弟ニコラに頼み込み、山の中腹付近で生活をする羊飼い一行と合流することになったテレサは、家長となるため神父になることを諦めざるを得なかったマルコの兄イリヤと急速に近付いていく云々。羊飼いやカルスト地形からジヴコ・ニコリッチ『Luka's Jovana』や『The Beauty of Vice』を思い出したが、まさか本当に継承しているとは思いもよらず。同作は家父長的伝統のある山間の村にいた若夫婦が、インチキくさい同郷の男ジョルジアに唆されて都会へ出たことで、家父長的伝統の矛盾に気付いていくというものだった。本作品ではテレサがジョルジアに相当するだろう。家長として年上の羊飼いたちを束ねるもその"役割"に疑問を抱き続けるイリヤ、言葉を話し始めるのが遅かったせいで"役立たず"というレッテルを貼られて使い潰されているミレナはそれぞれ若夫婦に相当するか。特にミレナの存在は興味深い。彼女はわざと喋らないことを選択していたと語り、家族の前では足を引き摺るように歩くものの独りでいるときは普通に歩いている。彼女がレズビアンであるような描写もあった。妹たちはさっさと結婚させられたが自分はさせられなかったと語っていたが、家父長制度や結婚を嫌って、たった独りで抵抗を続けていたんじゃないか。『The Beauty of Vice』と重なり合う本作品の結末にはそう思わせるほどの力強さがある。