垂直落下式サミング

つぐないの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

つぐない(2007年製作の映画)
4.5
ダンケルクの浜辺で撤退する順番を待つ大勢の英国軍兵士を写した壮絶なワンカット長回しのシーンから、本作が意欲に満ちた作品であることがわかる。
裕福な家に生まれたセシーリアと使用人のロビーは身分違いの恋。カースト制が色濃く残るイギリス。近代になって目に見えるかたちでの階級制度はなくなったが、貴族主義からエリート主義に変化しただけで、今でもなお差別容認・格差肯定のお国柄だ。その歴史背景を踏まえるとより楽しめるのかもしれない。
ロビーはバスタブに浸かって天窓から都市部を攻撃しに行くドイツ軍の爆撃機を眺めては、もう一度大学に入ってみようかなんてことを宣い、煙草をふかして女に恋文なんぞを書き綴る。いい気なもんだ。
しかし、たった一人の少女が出来心で吐いた嘘によって恋人たちの人生は狂わされ、そして少女もまた一生を後悔に費やす他に贖罪の道はなくなる。その救いのなさ。ラストの告白も優しさなどではなく創作の傲慢だ。何を懺悔したところでブライオニーが救われることはないし、ねじ曲げてしまった現実はかわらない。
実人生というものの重さは、悲しいとか辛いとか苦しいとか痛いとか惨めだとか寂しいなどと細分化せずとも、結局は負の累積がキャパシティオーバーすればそれは単に「不幸」とひと括りにしてしまえるのであって、つまりはその境遇にどんな原因があるとか、実際どのように生きたかなんてことはどうということはないのである。まだこの世の艱難辛苦を底の底まで味わったことがない甘ったれな私は、どうだこれこそが人の世の不幸だと言わんとする物語の力に組み伏されてしまったのだ。