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「つぐない」に投稿された感想・評価

violet

violetの感想・評価

4.0
泣いた

名前忘れたけどシアーシャ・ロナンが演じたキャラめっちゃ嫌われてるけど、私は嫌いじゃない
なんか嘘をついた結果が散々だけど、自分の好きな人が姉に恋をしてたら引き離したくなる気持ちも分かるなぁ
最悪な嘘だけどね
たぶん英語圏だけでなくキリスト教を文化的背景とする国や言語には「leap of faith」に相当する表現があるのだろうと思います。「信仰への跳躍」と直訳されているように、日本語にはそれに相当する言葉はたぶんないはずです。

ジョー・ライト監督による『つぐない』(原題:Atonement)は原作小説イアン・マキューアン著『贖罪』に寄り添いながら、その根底に「leap of faith(信仰への跳躍)」という要素を潜ませた素晴らしい映像作品のように思います。そこには人間がギリギリの絶壁に立たされたときにのみ、目の前にひらけるような思いや風景が描かれています。

そしてここにもまた暗喩としてこだまする雨の気配が宿っています。



leap of faith(信仰への跳躍)という言葉は、19世紀前半にデンマークに生きた哲学者キルケゴールによって僕は知ったのですが『おそれとおののき』という著作のなかに出てきます。そして数年後に書いた主著『死に至る病』によって彼の思索は1つの完成をみます。

キルケゴールは『死に至る病』によって、人間とはどこまでも「自己」として生きるものであり、自己とは徹底的に関係性に根ざした意識であるとします。僕たちが素朴に自分だと思っている意識の正体は、様々な社会的な関わりのなかに置かれた自意識が、自意識それ自身を意識するようにして成立している。ですから僕たちがほんとうに切実に受けとるものはすべて、外在的な事実ではなく、内在的な自意識(意識が自らの意識を意識するという関係性)に関するものだという考えです。

実存主義という1つの哲学的なスタンスはこのようにして生まれたのですが、また同時にそうした自意識の構造ゆえに、人間はみな絶望する宿命を抱えているということを同著のなかで彼は明らかにしていきます。そして絶望には段階や種類があることを示しながら、最終的には絶望を自覚することによってのみ、人間は本来の自己を獲得していくとしています。

時代や文化的な背景や個人的な生い立ちなども色濃く作用しているため、彼の言う「キリスト者」という用語は少し飲み込みにくいものですが、しかしながら現代的に翻案して受けとることもできます。

つまりどのように生きてみたとしても、人間はその自己の成り立ちから原理的に絶望へと至るようにできている。その絶望を抜け出すためには、ある絶対的な存在と自分1人とが向き合うような宗教的な場所に立たざるを得ない。そしてある絶対的な存在を「跳躍」するように信じることでしか希望をもつことはできない。そう言ってみても良いように思います。

この『つぐない』では贖罪をモチーフにその絶対的な存在を「虚構の力(物語る行為)」としながら、物語ること(虚構)の価値をメタレベルで問いかけた作品のように僕には思えます。



話の大きな筋立てとしては、第二次世界大戦前夜のイングランドで身分の差を超えて愛し合う2人の男女セシーリア(キーラ・ナイトレイ)とロビー(ジェームズ・マカヴォイ)を、セシーリアの妹であるブライオニー(シアーシャ・ローナン)が偽証によって引き裂いてしまうというものです。

セシーリアとロビーが惹かれ合う気持ちを少しずつ確認していくシーンは、ナイーブさと荒々しさに自意識の屈託が交わるようなイギリス文学ならではの描写で、エミリー・ブロンテやジェーン・オースティンらを彷彿とさせるたいへん力のあるものでした。処女作となる『プライドと偏見』(ジェーン・オースティン原作, キーラ・ナイトレイ主演)と共に本当に素晴らしく思います。

そして13歳のときの偽証によって、ブライオニーは姉とその恋人を引き裂いてしまう。そのときに見せる独善的に思い詰めたようなシアーシャ・ローナンの演技も、これ以上は望めないのではないかと思います。映画冒頭にミニチュアで暗示されるノアの箱船(裁く神)のような視点を、少女期の傲慢な潔癖さとしてあんなにも表現できる力。やがて恋人のロビーは、クリストファー・ノーラン監督『ダンケルク』(2017年)によって僕たちにも馴染み深くなった、ダイナモ作戦(ダンケルクからの撤退戦)で命を落とすことになります。

どれだけ後悔しても、どれだけ取り返そうとしても時間を巻き戻すことはできない。贖(あがな)われることのない過ちの影に時だけが冷酷に刻まれていくことになります。そして13歳の少女は後に小説家となり贖罪(つぐない)の物語を描く。しかし「つぐない」というタイトルとは裏腹に、その物語は2人への直接的な贖罪を意味してはいませんでした。



すでに失われてしまった2人の事実を語ってみせたところで、受けとり手はいないからです。では事実を描くのではなく、あり得たかもしれない可能性を虚構として描いたなら、そこに価値は見出せるだろうか? 映画のラストに描かれる恋人たちのシーンに僕たちは価値を見出せただろうか? そのことをオープンエンドとしてメタレベルで問いかけているのが本作だろうと思います(映画のラストで老女となったブライオニーによって語られます)。

そして本作も、ノアの箱船、庭の噴水、戦場となった海辺、避難した地下になだれ込む濁流、引き裂かれた恋人たちと贖罪に苦しむ心の涙など、暗喩としての雨(水)の気配に満ちています。

またこうした問いかけは僕にアン・リー監督『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』を思い出させることになります。『ライフ・オブ・パイ』もまた虚構の可能性を問いかけたものだからです。取り戻すことのできない悲劇を事実として語っても受けとり手はいない。だからそれを虚構に置き換えることで、何らかの価値を見出そうという試みは本作も『ライフ・オブ・パイ』も同じです。そして『ライフ・オブ・パイ』では、主人公が少年期に夢中になった3つの宗教の寓話的世界を用いることになります。

しかしながら寓話やメタファーの最も優れた価値は、起きた事実を1対1で置き換えることではないと僕には思えてなりません。そのような象徴は記号に過ぎず、起きた事実を飲み込みやすくするという閉塞的なクローズド・サーキットにしかならないからです。

いっぽうこの『つぐない』では事実を1対1の関係で翻訳しようとはしません。そうではなく「贖罪に代わるほどの価値が虚構にはありうるのか?」というギリギリの断崖に立ち、物語る海へとその身を投げ入れるような手法をとっています。それは虚構の力(物語る行為)への leap of faith(信仰への跳躍)ともいえるものです。

もしも物語や虚構を生み出すことが力を持つとするなら『つぐない』で描かれる形をとることこそが、本来的な在り方のように僕は思います。そうした意味でたいへん哲学的な内容をもつ素晴らしい作品でした(こういうものをほんとうの哲学と言うはずです)。

キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ、シアーシャ・ローナンの主要人物3名の演技もたいへん力がありましたし、またダンケルクの戦場がどれほど凄惨だったのかも、前述した『ダンケルク』よりも圧倒的によく描けていたように思います。
Yotta

Yottaの感想・評価

4.0
一途な愛が素敵な作品
良かった…
頻繁に泣いた…幸せになってくれ…って何回思った事か…
初恋が嫉妬に変わって、それが嘘を作り出して、それが複数の不幸の始まりになったのがもう😭
一途に愛してるけど照れ臭くて伝えられない麗しいマカヴォイも素敵、戦地に行ったシーンで静かに涙を流すシーンがあるんだけど、ぼろぼろで怪我してるマカヴォイも麗しすぎて、しんどいしんどいってなった🥺
キーラ・ナイトレイも色気が凄くて素敵だった…

あと、音楽がよかった!
メインテーマかな??
タイプライターを使うシーンがよくあるんだけど、そのシーンに繋げてBGMが鳴るっていうお洒落な劇伴…
ストリングスにタイプライターのリズムが乗って焦燥感とか緊張感とか表現されてた…天才や…👏🏻👏🏻👏🏻
音のいい映画館で観たい!
衣装も素敵だし最高の映画だ…

あとあと!
冒頭30分はまじで、きらきらマカヴォイボーナスタイムって感じ🥺
アルフィー・アレンが出てると知って見てみたが、見事に脇役だったw
ベネさんも脇役だけど、すごい重要な役だった(クソ野郎だけど)

クソガキがついた嘘のせいでマカヴォイの運命が狂ってしまう。
キーラ・ナイトレイきれいだけど、細すぎ。
景色や建物、音楽も美しい。
ストーリーがちょっとやるせない。
ほんとにクソガキ許すまじ。
それで「つぐない」ってタイトルになってるんですが。
Asuka

Asukaの感想・評価

4.0
描写がすごく綺麗でどこをとっても絵になる映画だった。

でもすごく切なくて心に残る映画だった
寿都

寿都の感想・評価

-

美しき英国ミステリーとともに、強烈な反戦メッセージを綴った作品。
あまりにもむごく悲しい運命が描かれるが、甘美でロマンティック、かつスペクタクル、でも静か。凄惨だけど綺麗。バランスがいい。見やすい。

キーラナイトレイは、みるまえの想定をはるかに超えてくる美貌だった。
令嬢が戦時下で、ナースへと転身するさまはダウントン・アビーを思い出しますね。ナース服のデザインがすばらしく乙女。
一人旅

一人旅の感想・評価

5.0
まず思ったのは音楽が素晴らしいということ。効果音を巧みに利用することで音楽にしている。月の光などの名曲も挿入されているし、不思議なくらい音楽が心に響いてくる。 ジェームズ・マカヴォイの落ち着いていて、かつ抑えた演技も好きだ。思わず鳥肌が立ってしまった。さらに、映画全体に流れる空気というか雰囲気みたいなものも良かった。ハリウッドにはない空気かもしれない。 間違いなく、傑作。
色と音

陰影をうまく利用した映像とタイプライターの音を効果的に使った音響と。エンタメよりもちょい芸術寄りの作品になるのかな。若き日のキーラナイトレイとサーシャローナンが同時に観られるというだけでも価値ありか。でもキーラはもう少し太った方がいい顎のシャクレが目立ちすぎるから。
語彙力ないけど名作だな~って感じ。単調で途中四回くらい寝てしまったけど見終わったあと何かいい映画見た気がする~ってなった。私の知能の低さが…。名作系はそうなっちゃうんだよなぁ。シアーシャローナンホントすごい。キーラナイトレイやベネさんみたいな演技派たちと違和感なく演技できるなんて。この時のジェームズマカヴォイかっこよすぎる!キーラナイトレイってこんなに美しかったのか。緑のすべすべのドレスとかめっちゃ綺麗。衣装がいいのもあるかも。ただなんて言うか、救われない感じがやるせなくて悪い意味じゃなく気持ち悪い映画。

このレビューはネタバレを含みます

この映画、ストーリーだけ追ったらフジTVの昼メロみたいな話なのですが、そこは無粋にならない様に過剰な音楽は使わず、タイプライターを叩く軽快な音をBGMにし、前半はイギリスの上流階級のお屋敷を、後半は第二次世界大戦を舞台に移し、格調高く見せています。

ブライオニーのやったこと…。
ブライオニーは小さい頃から作家志望で、13歳で“駆け落ち”をテーマにした大人びた戯曲を書いていたけど、その実態は世間知らずのお嬢様で、ただのお子ちゃまだ。

これが『ラマン』のマルグリッド・デュラスみたいに、低下層の辛酸を舐め、中身が成熟した子だったらどうだろう。
勘違いや思い込みじゃなく、それこそ本気で陥れたか、それとも冷静に有り得ないと思ったか。

私はあの前後の状況では、お子ちゃまがああいう行動を取るのはしょうがないだろう。
だいたいお姉ちゃん達、あんな広いお屋敷に住んでるんだから、自分達の方で気を付けなさいよ、と思ってしまった。
でも、もう取り返しのつかないものほど、心に澱のように残りますよね。
ブライオニーにとっては13歳の時と、18歳の時と。
この結末でも、決して彼女の心が晴れることはないでしょうから、うーむ…という感じでした。
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