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マルチュク青春通りのotomisanのレビュー・感想・評価

マルチュク青春通り(2004年製作の映画)
4.0
 この4年ほど前、技術工作の授業で自作した中波ラジオをいじくっていて捉えたのがモスクワ放送の「インターナショナル」、ピョンヤン放送と韓国KBSであった。ノイズの漣の中でも割とよく聞こえるのはKBSで、韓国歌謡の番組なんかもあるんだが堅苦しくぎこちない日本語を聞くとなぜか諜報機関の分析員のような気分になるのだった。
 そのころはソ連、北鮮以上に韓国とは明治以来のわだかまりがしこる感じで、そのうえ、金大中事件、コリアンゲートが相次ぎ、真っ当な国ではない隣国は不気味だった。

 その一方で'78年ころ、民主化デモにKCIAの手先、白骨団が潜入し組織の内部崩壊を狙っているなんて語られるのを余所に開発独裁は一見大成功でソウルは建設ラッシュ真っ最中、そこへ抜き打ちで防空訓練が始まると1時間でも2時間でも町中人けが絶えて、まごまごしている奴は憲兵にスパイ容疑で逮捕されるという事を聞かされたもんだ。
 そんな都心を離れた新開地カンナムでは高校生があいさつに「忠誠」を叫んでいる。まあそうだろと思っていると学費の工面に日本の文化侵略雑誌をこっそり売っている奴がいたり、配属将校みたいな殺人軍人がいたり、風俗は日本とあまり変わらないようでいてパラレルワールドを2、30くらいシフトしたらゾクッとしたなんて、そんな感じでこんなところあまり長居したくない。

 彼らが産まれたころはまだアジア最貧国とレポートされて間もない時代だ。動乱から10年、大開発時代を導いた朴政権の始まりの頃でもある。軍人が台頭し、日米の資金が続々送り込まれ、経済の奇跡の時代の16年だが、そこに至って愛も友も失ったヒョンスには目指すものが何もなく、そこで截拳道を再発見する。で、それを何に用いるか。

 あれは偶然だったのか、もともとけんかを売るきっかけを探してたのか風紀委員党の6人を病院送りにして、軍人や教師を尻目に「韓国の高校もくそくらえ」と吐き捨てて、これでヒョンスはてっきり、自分自身に最悪の「残酷な」道を付けてしまったんだと思ったのだが。
 ところが武術家の父もやけにあっさり受け流すし、警察のケの字もないまま1年後には朴体制が用意してくれたくそくらえ高校もおん出て、自由な経済で生まれた予備校の生徒で、人間であるために大学に行くんだそうだ。そこが父親の裏の力なのか、学校の不始末が先に糺されたせいなのか。
 そんな詮索はどうでもいいように、時代はもうけんかで敵を殲滅するブルース・リーから楽しいジャッキー・チェンだそうで、この年の秋、ウンジュを見送り、同じく高校を蹴飛ばしたハンバーガーとふざけてた何日か後にはヒョンスの人生に常に伴走していた朴正熙大統領は側近の手に掛かり暗殺される。でもそれだけではまだ高校のくそくらえは無くならないし、民主化も達成しない。ヒョンスの世代の参加によって80、90年代の民主化が動いて行く。そんな歴史の始まりの大黒星なわけなんだが、同じ世代の者として尊敬してしまう。
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