役人者

羊たちの沈黙の役人者のネタバレレビュー・内容・結末

羊たちの沈黙(1990年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

映画や演技の魅力に目覚める一つのきっかけを与えてくれた、自分の中の記念碑的作品。そして、アンソニーホプキンスが演じるレクター博士は、サイコ演技の歴史に残る記念碑的名演。登場した瞬間から、品性と知性と強烈な異常性がビリビリ伝わってきて、空間も心も支配される。変態紳士の最終進化形と言ってもいいかも。その圧倒的存在感は、相対するジョディフォスターの演技の中にも色濃く息付いている。心理的駆け引きに息を呑む主演二人の会話シーン、哲学的とすら思える謎解きプロセス、そして緊張の針が振り切れるクライマックスと、どこを切り取ってもレベルが高い。
捜査協力に乗り出すレクター博士は、犯罪心理学に特化したシャーロックホームズのよう。事件の状況から浮かび上がる、犯人バッファロービルのパーソナリティを分析することで、犯罪に至る心理とその犯人像を割り出していく。言うなれば、狂気を知り尽くした狂気。そんな博士の分析対象は、ジョディフォスター演じる主人公クラリスの出自にも及ぶ。幼少期のトラウマとともに、クラリスの中で鳴り止まない羊たちの悲鳴。犯人の核心に近づくのと連動するように、クラリスの心の片隅で根を張っていた狂気の芽が少しづつ掘り起こされる。無理矢理植え付けられた自己否定やそれに伴う切望が異常犯罪の根本にあったバッファロービルと、羊たちが沈黙することを切望してFBI捜査官にまでなったクラリス。二人の根本は似ている。二人の道を分けたものは一体何だったのか。
改めて鑑賞して印象的だったのが、クラリスのFBIの中での立ち位置や上司クロフォードとの関係が、再三に渡り示唆的に描かれていること。ゴツい男だらけの事件現場や教習施設で好奇の目にさらされる、若い女性捜査官のクラリス。30年以上前の映画だけあって、現代以上に露骨に顕在化するジェンダー差別。エディプスコンプレックスを暗に表しているような、クロフォードに対するクラリスの言動に対して、あくまで彼女を手駒の一つとして利用するクロフォード。概ね良好に見える二人の関係に滲む微妙な温度差。クラリスや彼女を取り巻く社会を成すディテールの一つひとつが、レクターとクラリスの関係や事件の内容ともリンクする。サイコサスペンスとしてのエンタメ性を保ちながら、徹頭徹尾「人間」がテーマの中心に据えられている。
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