ナガノヤスユ記

羊たちの沈黙のナガノヤスユ記のレビュー・感想・評価

羊たちの沈黙(1990年製作の映画)
4.5
理想に燃える若者の野心も、猟奇殺人犯の性的渇望も、人のあらゆる欲望が、形の違う暴力のコードを介して並置される。欲望の自制においてレクター博士は超常的であり、だからこそ社会において異質の存在として、人々の畏敬と恐怖を掻き立てる。自らの渇望に衝き動かされるキャラクターたちの中にあって、彼は他者の欲望をあおり、あぶり出し、それでいて彼自身が真に欲しているものは決して明らかにすることがない。本サスペンスの肝。
主人公が信頼を寄せる初老の上司が、レクター博士の一言によって、立場と権力を利用して若い部下の身体をものにせんとする薄汚いじじいにしか見えなくなるあたりが秀逸。システムに渦巻く欲望の交錯と、それを抑圧するまた等価の欲望との複雑なコードに観客も覚醒せざるをえない。蛾が象徴する変貌の追体験。
昔は見えなかった色んなものが垣間見えたような気がする。
誰しもがもつそれぞれの欲望を社会はいかに扱い、どう折り合いをつけて生きていくか。そして自分の中の羊をどう黙らせるか。それが問題だ。みんな違ってみんないい、とか呑気なことを宣ってる場合じゃないマジで。