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パリ20区、僕たちのクラスの一人旅のレビュー・感想・評価

パリ20区、僕たちのクラス(2008年製作の映画)
5.0
第61回カンヌ国際映画祭パルム・ドール。
ローラン・カンテ監督作。

パリ20区の公立中学校を舞台に、さまざまな問題を抱えた生徒と向き合う国語教師の姿を描いたドラマ。

フランソワ・ベゴドーの2006年発表の小説「教室へ」を映像化した作品で、主演もベゴドー本人が務めた意欲作。役者素人とは思えないほどの熱演で、問題行動の絶えない生徒たちと真剣に向き合う国語教師フランソワを演じる。ドキュメンタリーテイストの濃い作風であり、手持ちカメラによる撮影が一層のリアリティを生んでいる。

世界各国からの移民が増え続けているフランスにおけるリアルな教育の現場を写実的に映し出した作品であり、明確なストーリーが存在しないにも関わらず圧巻の迫真性を保ち続けているため一瞬たりとも目が離せない。

映画の大部分が授業中の教室風景なのだが、まず最初に目に付くのは余りにもバラバラな出自・個性を持った生徒たち。白人・黒人・混血・アジア系と人種もバラバラで、キリスト教・イスラム教・仏教と信仰する宗教もバラバラ。さらにフランス出身者だけでなくアフリカ出身・カリブ海出身・中国出身とその出自もバラバラ。生徒が抱える事情もそれぞれ違いがあり、前の学校を退学になり転入してきた者や、母親が不法滞在で検挙された者、授業態度が著しく悪い者、教師に対する言葉遣いを知らない者、感情的で暴力的な者など、生徒という言葉一口で括れないほど個性の幅が異常に広い。そんな生徒ひとりひとりに真剣に向き合う国語教師フランソワ。いくら注意・指導しても一向に事態は改善されない。学級崩壊寸前の状態が延々と続く。

日本の教室風景とはずいぶん違いがある。日本の場合、画一的な教育方針がある程度通用する環境にあると思うのだが、フランスの場合、出自を含め生徒の個の違いが激しい分、生徒それぞれに合わせた教育上の考慮がより一層必要とされる。それぞれの個が明らかに違う20名以上の生徒を束ねることは至難の業であり、当然のことながら思うように授業がいかないことに対する苛立ちが教師間で噴出する。暴力的行為を働いた生徒に対し、懲罰会議を開催して強制退学に追い込む。それはある意味、手なずけられない生徒に対する教師側からの敗北宣言とも言えるし、問題児は退学させれば万事OKという短絡的で無責任な思考が蔓延することにもなる。もちろんそれは生徒側にも問題があるわけで、“分かり合えない”ことに対する教師と生徒、お互いが感じるもどかしさや苛立ち、失望が教室の雰囲気をどんどん悪くしていく。まさに混沌。解決の糸口が見えないフランス教育現場の実情が綺麗事抜きにありのまま映し出される。

それにしても教師と生徒の関係をこれほどシビアでリアルなアプローチで描いた点が新鮮。教師映画には『いまを生きる』(1989)や『陽のあたる教室』(1995)など名作が数多いが、その多くの作品で生徒は最終的に従順で良い子になる。だからこそ、教師と生徒の間で“分かり合えた”という感動が生まれるわけだが、現実ではそう上手くいかないケースがほとんどでしょう。本作では、最後まで教師と生徒が真に分かり合う瞬間は訪れない。むしろ、意図的に問題を残したまま終幕する。無数の個・無数の価値観が渦巻くフランス公立中学における教育の限界を浮き彫りにした秀作。
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