netfilms

地獄の警備員のnetfilmsのレビュー・感想・評価

地獄の警備員(1992年製作の映画)
4.2
 成島秋子(久野真紀子)は商社に就職し、絵画取引部門で働き始めることが決まっていたが出社初日、タクシーが渋滞に巻き込まれまったく動かない。タクシー運転手(下元史朗)は朝から薄気味悪いジョークをかましながら、成島を引き留めるが、我慢出来なくなった彼女は歩いて会社へ向かう。急成長を遂げる総合商社・曙商事に2人の新入りがやって来る。ひとりは絵画取引のために新設された12課に配属された元学芸員の成島秋子。もうひとりは驚くほど巨体の警備員・富士丸(松重豊)。元力士である富士丸は、かつて兄弟子とその愛人を殺害しながらも精神鑑定の結果、無罪となったいわくつきの男だった。会社前、警備員の間宮(田辺博之)に引き留められた秋子は彼に名簿用の証明写真を渡す。だが後ろには不気味なバンが見える。新設された12課は心底嫌味な久留米浩一(大杉蓮)の元、吉岡実(諏訪太朗)や野々村敬(緒形幹太)、高田花枝(由良宜子)に秋子を併せた合計5名しかいなかった。元学芸員で絵画に精通している秋子は会社のために進言するが、意固地な久留米は彼女の言うことを聞こうとしない。絵画バイヤーの仕事で会社のお荷物である12課を尻目に、やり手のバイヤーで一匹狼の兵藤哲朗(長谷川初範)は今日も留守電を残し、居留守を決め込む。

 末期のディレクターズ・カンパニー内部においても、制作会議は盛んに行われていた。そこで黒沢は元相撲取りの警備員が、あるビルの中で殺戮を繰り返すという異色のホラー映画を会議にかける。これは『スウィート・ホーム』の制作断念を踏まえ、黒沢が考えた苦肉の策だった。その企画に真っ先に反応したのは、ディレクターズ・カンパニー内部では根岸吉太郎だった。ちょんまげを結った警備員が殺人鬼になるというアイデアを面白がり、アテネ・フランセ文化センターの出資により、低予算である今作の撮影にこぎつけたのだった。こうして様々な紆余曲折を経て、ようやくクランクインに漕ぎ着けた今作には、黒沢のホラー映画への純粋無垢な思いが充満している。セザンヌの『ひび割れた家』の歪な造形、久留米のインシュリン注射を見せびらかす場面に現れた換気扇はトビー・フーパーへの無邪気なオマージュに他ならない。ロッカーから溢れ出す真っ赤な鮮血、深夜に撮ったディレクターズ・カンパニーのビルの明かり、給湯室にかけられた半透明カーテン、真っ赤な血に染まったイヤリング、そして吉岡実のラスト・ミニッツ・レスキュー。無邪気にアメリカ映画を再定義する黒沢清の試みは、編集前にジョナサン・デミの『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターを観たことで混乱し、富士丸のキャラクターは妙に哲学的な言葉を吐く。「それを理解するには勇気がいるぞ」と呟く富士丸の意味深長な言葉は、『カリスマ』の「世界の法則を回復せよ」とほとんど同音異義語のようにも聞こえて来る。
netfilms

netfilms