映画監督になりたいという子供に親が見せてほしい作品、様々なトラブルの果てに狂気に取り憑かれて自暴自棄の状態で映画を作るクレイジーなコッポラの姿はもはや映画の主人公のよう。そんな監督の熱に同調していくかのようにフィリピンで200日も一緒になって映画を作っていくスタッフやキャストもクレイジー(覚醒剤もやってます)。
脚本の後半部分に納得できないもののなかなかそれに代わる脚本を書くことが出来ず、とうとう脚本無しのまま原作の小説を元にアイデアを練りその日撮影する場面を監督が決めてそれをスタッフやキャストに指示するという異常な状況&監督の凄いテンションに圧倒される(でも日本ではマキノ雅弘監督がそれを日常的にやっていたりして)。後半の悪夢のようなテンションはそんな現場だからこそ生まれたのかも。
そしてツールが発達してスマホでも立派な映像作品が作れる現代だからこそ、ラストのコッポラ監督の言葉が沁みる。