青乃雲

エスターの青乃雲のレビュー・感想・評価

エスター(2009年製作の映画)
4.0
Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)の歌う『bad guy』が、なぜあれほど素晴らしいのか。ほとんどすべての優れたホラー作品(サスペンスであれスリラーであれ)がそうであるように、この映画もまた高い象徴性のうちに、僕たちの核心にある何かしらを描き出していた。

エスターとは、いったい何者なのか。

ストーリーとしてのそれは、映画のラスト近くで明らかにされる。しかし、おそらくこの作品のもつ力は、そうした設定やプロットによるものではない。またSE(Sound Effect:音響効果)やカメラワークによって演出された、ホラー感覚にあるわけでもない。

かつて(もしかすると今もなお) エスターのようでなかった女性は、1人もいないのではないか。厳密に言うなら、女性とは女に限らず、また女であってもそうとは限らない、女性性と言い表されるいっさいの存在となる。

そうした意味での、象徴的な少女性(女性性のうちに宿る、ある側面)を、ホラーという意匠を用いながら描いていたように感じる。この映画を観ながら、戦慄というよりも深い納得感に思いを沈めていった理由は、これまで触れ合ってきた女性性に生きる1人1人の振るまいと、 エスターのそれとがオバーラップして見えたことにある。

わたしは悪魔だ。

この言葉を、胸のうちに、または口に出してつぶやかなかった(上記の意味での)女性は、1人もいないのではないか。では、その悪魔性とは何か。それが何であるのかを、手に触れられるように、息づかいをさえ感じながらつかむことができる。

彼女がカウンセリングを受け、トイレで暴れまわるシーンに僕は涙した。しかし、そんな涙などに一瞥(いちべつ)もくれないのが、 エスター的な存在でもある。彼女が涙するときは、彼女のためにのみ流される。

そして、僕自身の体験から言えば、中途半端なエスターお兄さんやエスターおじさんには、うんざりするほど出会ってきたところがあり、そう思ったときに、エスターの徹底ぶりが爽快でさえある。

僕は僕のエスターを、ずいぶん昔に氷の湖に沈めたものの、もしかすると彼女はまだ生きているかもしれない。けれど、生きているかどうかということよりも、彼女が彼女として存在しうるということにこそ、深い意味が宿っている。

光の当たる角度が違うだけであり、人によっては、おそらくそれを愛とも呼ぶ。そのため、彼女のいない世界は、色彩(色相・彩度・明度)のうちの半分以上が欠けることになる。

僕がそうかもしれず、そうではないかもしれないように。
青乃雲

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