さわら

死の棘のさわらのレビュー・感想・評価

死の棘(1990年製作の映画)
5.0
松坂慶子が岸部一徳を口汚く罵倒する映画だった。和装妖艶な美女に「ば、罵倒されてぇ」と内なる欲望を刺激されるいい映画だった。いまなら中谷美紀、宮沢りえだろうか。いやいや、いまの松坂慶子こそ至高と劇場内だれも思ってないだろう思いを抱え悶々していた(「犬畜生!」と罵倒されたい)。
とまぁ、そんな邪な理由で1990年のカンヌ映画祭グランプリと国際批評家連盟賞のW受賞は叶うはずがなく、とにかく出来心ゆえの1つの浮気、“死の棘”がじわじわ広がり心を惑わし、家族を蝕んでいくさまがなんともよかった。狂ってるのは夫か妻か。そしてそれをも含めた社会のせいか。特攻兵として一時は命すらかけたトシオが奇跡的に生き残り、帰った先で不信・弁解・欺き・不安という生きることで生じる、負の坩堝にのまれていく様は悲劇的であり虚しさを感じるのだが、一種の喜劇にも感じられ、生きることのままならなさに自然と笑いが溢れてしまう。
114分間、まったく目が離せないのは所々の画面の美しさにあって、夜に本当の黒・暗さがあり影絵のようなショットにハッと息を呑む。派手にカメラを動かさず、定点からじっと息をひそめているようなカメラワークにも妙なリアリティがあった。カメラのことはよくわからないのだけど、それでも素人目ですらすごく計算して撮っていることが感じられて、日本人らしい繊細さのようなものを(そんなものがあるかどうか知らぬが)感じた。

“死の棘”はどこに転がっているかわからない。そしてまた、悪意なくそれが棘として深く誰かを突き刺すこともあるのだろう。なんて人間関係とは難しい、まずは目の前の人を真剣に愛すことから始めよう。すべてはそこからだ。