Kuuta

遊星からの物体XのKuutaのレビュー・感想・評価

遊星からの物体X(1982年製作の映画)
3.9
映画は省略のメディアである。全ての経過や心情を画面内に表示する事は出来ないし、する必要もない。鑑賞者の理解が追い付くギリギリのラインを保ちながら、不必要なシーンを軽やかに飛び越えていく。ここにこそ映画的快感がある。

今作は密室のSFホラーであり、モリコーネの音楽も緊張感を高めているが、基本的にジョンカーペンターらしく話のテンポは早い。ホラー的なじりじりとした長回しは少なく(モンスターのデザインはじっくりと見せつけるが)、盛り上げ方が荒っぽく感じる場面もある。登場人物も多く、誰が誰だかイマイチ分からない。

だが、そこに今作のポイントがあると思う。どんどん話が進み、悲劇へと追い込まれていくので、断片的な情報で疑心暗鬼に陥いる登場人物の緊迫感を疑似体験している気分になってくる。登場人物の行動を全ては見せないまま切り進む編集が、他人の内面は分からない、という恐怖と連動している。

冒頭のブレブレの空撮と全く当たらない銃撃、手榴弾の自爆に作品のクオリティへの不安を覚えるが、これらは全て「撃つ側の心身が限界だった」ことを示す演出なのだろう。現にその後の空撮シーンは安定していたので。

3人掛けソファに縛られ隣が大変な事になっている中「頼むから解いてくれよ!」と叫ぶ隊長がかわいらしくて笑えた。血液検査のシーン、怪物の騒ぎはあくまで副次的なものであり、血液に熱を加えるまでの緊張感の方に重きを置いているのが今作らしい。

腹が割れたり、頭がカニになったり、血から飛び出たり。モンスターはぐちゃぐちゃねちょねちょで、臭いが画面を超えて漂って来そうだった。CGでは絶対に表現出来ない質感。今作で名を挙げた特殊メイクのロブ・ボッティン(ロボコップやトータルリコール、セブン等でも活躍)はさそがし楽しかっただろう。

オチの解釈について。コンピュータとのチェス対決に敗れるカートラッセルが結末を暗示していると思った。唯一直接本筋とは絡まないシーンなので。

カートラッセルは酒をコンピュータにかけて壊してしまう。「絶望的な状況ではゲームそのものをリセットすべし」ということか、「カートラッセルの酒は相手を殺す」という解釈もあり得る。どちらかというと私は、後者のように感じた。チャイルズが火炎放射器を持っていたので油断させたかったのかなと。

「身内に敵がいる恐怖」はゼイリブと同じテーマ。冷戦時代のアメリカ人の潜在的不安を重ねているんだろう。1982年はE.Tとブレードランナー公開年でもあると聞いて豊作っぷりに驚く。この時代に子供でいたかったなあ。デジタルリマスター版を劇場にて。78点。
Kuuta

Kuuta