映画漬廃人伊波興一

三重スパイの映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

三重スパイ(2003年製作の映画)
3.6
独り占めしたい不思議な余韻は健在でした エリック・ロメール「三重スパイ」

平昌冬季五輪に連日胸躍らせるあまり、業務中でも施術室にテレビを持ち込みお客様(患者様)にやや観戦を強いながら施術するほどの不謹慎な私ですが、その日の観戦が終わり、興奮も醒めかかってくるとふと、ぽかんと空いた胸の穴を埋めたいような欲がむくむくともたげます。
こういう時はなるべく此方を引き込む力のバランスがとれたような映画がよいなあ、と思うところへ混じり込んでくるのが久しぶりのエリック・ロメールです。
「緑の光線」は未見ですが「満月の夜」「海辺のポーリーヌ」の不思議な余韻から何年経ったことか。
その余韻は五輪競技観戦のようにエキサイティングなものでも、どこか思想や哲学なりを考察させるような深淵めいた感慨をもたらすものでもなく、
平野歩夢選手や羽生結衣選手ら五輪選手の身近の方々らが共有するに違いない「自分だけにしか分からない彼らの内実」という特権めいた連帯感のように、
映画には事件というものが起こって然るべきだと信じ切っている鈍い感性に対する卑猥な優越感に似ている気がします。
スポーツや映画を観る事を愛する者にはそんな狭量な部分を程度の差こそあれ備えているものなのです。
従ってB級犯罪映画のように「三重スパイ」と題されたこの作品がエリック・ロメールという巨大な名にも関わらず、さほど知名度が高くない事が何とも心地よい。
内容は1930年代のパリでロシアから亡命してきた夫妻の物語ですが、背景として歴史的事柄に触れる大掛かりなものとしても、作品世界はやはり心理劇。
それぞれの役割を振り当てられた数人の登場人物が最後まで真相は分からぬ歴史の謎を、
知性的でアトリエで油絵を描くような美貌の妻が、
それほど尊大にも見えない夫に征服されていき、
運命的に生涯を終えるという話の軸に絡めて、
あたかも他人の身に起こった滑稽な不幸のように描いてしまうさまは、
悲劇としか言いようがない話なのに笑いさえ零れてしまいそうなシニカルさに溢れ、
同時に優雅なくらいに甘美的な余韻を残します。
そんな映画から味わえる余韻を独り占めしたくなっても当然なのです。