秀ポン

トータル・リコールの秀ポンのレビュー・感想・評価

トータル・リコール(2012年製作の映画)
3.3
原作小説は読んだことあるけど、シュワルツェネッガーの映画版は見たことない。顔が割れるシーンだけ知ってる。

作中に出てくる"フォール"という移動手段の設定がかなり面白くて、物理の問題を解いてるみたいだった。それについては3番目に書く。

1 ──原作について。

フィリップKディックの原作小説は、自分と世界の確かさが揺らぐ感覚をちょっと離れたところから眺める不条理コメディみたいな感じ。まあフィリップKディックって感じの話だけど、それ以上にフレドリックブラウンっぽい。
ディック感覚とか言うけど、それって元を辿るとブラウン感覚なんじゃ?と思ったりする。世界と自分の不確かさを、フレドリックブラウンは狂気によって書いている。『さあ気狂いになりなさい』とか、まさにだ。
元を辿ることに意味があるのかは微妙だけど、ただこういうのが好きな人はフレドリックブラウンを読むと面白いと思う。

2 ──この映画について。

そんな原作をこの映画ではシリアスにして、ロマンス要素も足して、活劇的なSFにしている。
「結局こういうことだろ?」と言われている気がする。
「『自分は本当に自分なのか……?この世界は……?』って困り眉で思案してるけど、結局それって、『この世界は間違ってて、自分はもっと凄い人間のはずなんだ!!』ってことだろ?」と。
確かにディック感覚となろう的な感覚の2つが無関係とは言いきれないよなと、居心地の悪い面白さを感じたりした。
そして実際この「世界は俺が守ってるんだ!」っていう中二病的な感覚は原作小説にもあって、更にそこを弄る居心地の悪い面白さもある。

原作小説を読んだ感覚を別のアプローチで(より主人公にのめり込んだ形で)再現してるって言えるかも。

しかし、だ。
主人公は、これまでの冴えない人生の構成要素(妻だとか同僚だとか)を捨てて、あまつ悪者として撃ち殺したりする。
そして望んでいた刺激的な人生(世界を救って美女とキス)を生きていく。
それ全体を俯瞰で見たらまあ面白いんだけど、しかし刺激的な世界へのエクソダスは数多のSFがやってきたことであって、それを主人公にのめり込んだ形で描いたら、それはよくあるSFになっちゃうよなと思う。

そして、この映画を単なる活劇的なSFとしてみた時に面白いかと言われると微妙。

3 ──フォールについて。

退屈な時間は、主人公達が使う通勤手段のフォールについて考えていた。

オーストラリアからイギリスまで地球をぶち抜いたトンネルを移動する通勤電車"フォール"。
地球のコア付近を通過するときにフォール内が無重力状態になることがストーリー上の重要なギミックとして使われていたけど、逆にコア付近までフォール内に重力があるのが不思議なんだよな。
移動のコスト面から、あのフォールって移動装置はブレーキをかけずに自由落下するのが効率的で、そして自由落下しているなら出発した瞬間から到着する瞬間まで無重力になってるはず。

ん?てか17分って早すぎじゃないか?
第一宇宙速度で地球を1周するのに90分、てことはフォールが自由落下していた場合、地球の反対側に出るには45分かかるはず。(円運動は実質単振動)
ブレーキどころか、えげつない加速をしないと17分には間に合わない。

しかし、であればコアの付近だけフォール内が無重力状態になっていたことには納得できる。フォールはコアに向かって加速して、コアを通り過ぎたところで減速しているんだろう。この加速から減速への切り替えの区間ではフォール内は無重力状態になる。

・何故かコアの付近でしか無重力状態にならない。
・地球を通り抜けるのにかかる時間が短すぎる。
これらの不合理と不合理がかけ合わさることで、何故か合理的な説明が可能になってしまう。それがかなり面白かった。この映画でSF的に1番面白かったのはここ。
(これはフィリップKディックってよりはアンディ・ウィアー的なSFだけど)

4 ──その他、細かな感想。

・ディレクターズカット版では展開が違うらしいと知った。
実際見てみないと分かんないけど、感想を想像すると、ディレクターズカット版でも活劇としてそんなに面白くないってのは変わらないけど、でも上で書いた皮肉めいた面白さは増してるんだろうと思う。
自分を冴えない日常に縛り付ける妻のことを悪役のように感じる主人公の心理がより明示的になったりもして、ディレクターズカット版の方が好きだ!ってなると思う。

・主人公が通勤中にわたスパを読んでいたけど、わたスパってそこまで今作に関連してるか?と思った。別に主人公はヒロインの恋人の仇って訳でもない。

・コロニーの様子は雨が降っててネオンが光ってて黒っぽい、ブレードランナーの系譜。

・コリンファレルの八の字眉は、不条理な状況に巻き込まれた時の情けない表情に合いすぎていて、序盤の方はそれが良かった。
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