SANKOU

イージー★ライダーのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

イージー★ライダー(1969年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

登場人物の顔のアップの描写やぶつ切りのようなシーンの切り替わりなど、かなり挑戦的な印象を受ける作品だった。
評価の高い作品ではあるが、正直今の時代の感覚では良さを理解できない作品でもあった。
従来の価値観が絶対的な正義ではなかったとアメリカ国民が気づいてしまった1960年代。
親世代への失望と反発から作り上げられたヒッピーのムーブメント。
自由の国アメリカへの幻滅が根底にあるため、退廃的なイメージと全体的に暗さがつきまとう作品だった。
大麻の密輸で大量の金を手にしたキャプテンアメリカとビリーは、バイクを手にニューオリンズで開かれる謝肉祭を目指す。
キャプテンアメリカが金の腕時計を捨てるシーンが意味ありげだ。
彼らは途中でヒッチハイクをするヒッピーの男を拾う。
タイトルの『イージーライダー』には簡単にバイクに乗せてくれそうな人という意味があり、それは尻軽な意味も含まれているらしい。
そこにはヒッピーに対する侮蔑的な意味も込められている。
砂地に種を巻くヒッピーの姿が印象的だった。
物質的な豊かさを拒絶し、自然との調和や自由恋愛を説き、開放的な生き方を目指したはずの彼らの目は皆虚ろだ。
ヒッピースタイルのキャプテンアメリカとビリーだが、彼らのコミュニティには歓迎されない。
彼らは途中でモーテルに泊まろうとして拒否されるシーンもあった。
この時代ではヒッピーに対して極度に嫌悪感を示す人間が多くいたようだ。
彼らは無許可で町のパレードに参加した罪で留置所に入れられてしまう。
そこで弁護士のジョージと出会う。彼のおかげで留置所を出られた二人は、彼をバイクの後ろに乗せてニューオリンズにある娼家を目指す。
彼らは何も悪いことはしていないのに、南部の町で保安官や労働者たちに目をつけられる。
何か問題を起こす前にぶちのめしてしまえ。
信じられないことに彼らは夜中に夜営をしている三人を襲い、ジョージは殺されてしまう。
何とか逃げ延びたキャプテンアメリカとビリーは謝肉祭を目指すが、キャプテンアメリカの目には諦めの色が浮かんでいた。
娼婦と共にマリファナによる幻覚に身を委ねるキャプテンアメリカの姿が印象的だった。
おそらく何処へ行っても彼らが望む自由な世界はない。
そしてキャプテンアメリカもビリーも路上で銃弾に倒れる。
トラックに乗った労働者風の年老いた男が彼らに向かって発砲するのだが、これは古い価値観によって殺されるアメリカの自由を象徴しているのだろうが、実際にヒッピーの一人や二人殺しても問題ないというとんでもない考えを持った人間が当時はいたらしい。
アメリカの南部は何かと保守的で差別的な地域なのだろう。
ひとつひとつのシーンの意味を全て理解するのは難しかったが、時代の空気感を色濃く反映している作品なのは良く分かった。
1960年代を代表するナンバーが映画の疾走感を上手く演出していた。
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