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たそがれ酒場のzhenli13のレビュー・感想・評価

たそがれ酒場(1955年製作の映画)
4.5
滂沱の涙。広い1階とカウンター、手すりのない狭い階段の上にピアノと歌手が載るのがやっとくらいの宙吊りのような2階とそのカーテンの向こうに小さな楽屋兼寝室。ずっとこの酒場だけのワンシーン。この空間そのものが生き物みたい。夕方の開店とともに目を覚まし、深夜の閉店で眠るかと思えば残る人々に灯りをほとりと灯して見届けてる。
やきとり、冷奴、とんかつなどが並ぶ品書きを辿り、空間を縫うカメラのゆったりとした動線が素晴らしい。西垣六郎というカメラマン。前景の出来事に連なる後景または上下空間の出来事が同時または継時で繰り広げられる。タバコ売りの老婆の動線も空間を縫う。幇間のようなタダ呑み男、近所の旦那と妾、アプレの若者、学生、傷痍軍人、色んな色んな人たちが入ってきては出て行く。ロバート・アルトマンもかくやという群像劇。戦後の零細稼業に軍隊生活を忘れられない元大佐と部下の東野英治郎と加東大介は『秋刀魚の味』を彷彿とさせ、軍歌をがなるも外のデモ行進の歌にかき消される。三角巾をした若い女給がなぜか20人ほどもいて(今だったらバイト2人で回せと言われそう)、酒場全体の活気が観ていて大変気持ちいい。
入ってすぐのカウンター角に陣取る常連小杉勇は、酒場を御する温かくも有能な校長先生みたい。マネージャーの有馬是馬が教頭先生みたい。
2階の狭い舞台がやはり異空間。「芸術」を志したい・志したかった若い声楽家と老ピアニストで、津島恵子のストリッパーもこの空間に入る。ピアニストの黒い小さな犬がとてもいいつなぎとなり、幇間の多々良純も丸椅子と木の机の酒席の合間を縫い空間をつなぐ。

やや説明くさい台詞を差し引かずとも、思い出すだけで涙が出る。ここには「芸術」を信じたい、貴賤に関わらず人々の心に豊かさをもたらす「芸術」があってほしい、若い人にはその希望を託したい、若くなくても「芸術」の矜持を心に宿していたいという気持ちが溢れている。若い声楽家の未来を思ってわざとビゼーのカルメンをリクエストした小杉勇は、おどけた小芝居で大衆酒場に歌劇を成立させる。江川ウレシュウはかつての画家としての彼に尊敬を忘れない。ピンスポットのあたる津島恵子の肌がすぐ目の前を通っても触れようとする男たちはいない。ここでは彼女の踊りも「芸術」なのだ。「芸術」を信じたい気持ちを臆面もなく描きうる空間演出に涙が出る。

2022年一本目の映画に選んでよかった。
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