かなり悪いオヤジ

黒いオルフェのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

黒いオルフェ(1959年製作の映画)
3.0
第12回カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した本作ほど、評価がはっきりと分かれている映画は他にないであろう。そのあたりの事情が、一応この映画の原作とされている『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』の訳者あとがきに詳しく述べられているので、これを抜粋してご紹介したいと思う。賛否のどちらかに偏った映画評論なんかを読むよりもよほど面白いのである。

この映画を見た三島由紀夫は「ここには湧き立つようなリオ・デ・ジャネイロの狂熱のカーニバルがある。オルフェのギリシャ神話の現代版がある。そしてヴードゥーに似たブラジル特有の神がかりさがある」とブラジルに初めて観光にやって来たおのぼりさんのようなコメントを残している。それに対し、ブラジル外交官かつ詩人でボサノヴァ生みの親の一人でもある原作者ヴィシニウス・ヂ・モライスは、大統領官邸で行われた試写会を途中退出、「(監督の)マルセル・カミュがブラジルを巡る異国趣味の映画を作っただけ」という辛辣なコメントを残している。

バラク・オバマが学生時代に、本作のリバイバル上映を一緒に見た母親に対する考察が興味深い。紋切り型の貧困黒人の描写にうんざりし途中退席しようとしたオバマは、スクリーンの中の世界に心酔している白人の母親の姿を隣席に発見しこう感じたという。「人種と人種のあいだの感情は純粋なものではあり得ない。愛の感情でさえ、自分に欠けている何かを他者の中に見出だそうとする欲望に染まっている」

ヴィシニウスによれば、原作の戯曲は「ブラジルの黒人が、不安定な生存条件のもとにあるにも関わらず、ブラジルに多くを与えてくれたことに対する、彼らへのオマージュである」らしいのだが、このヴィシニウス自身外交官というブラジル白人エリート層に属している特権階級であることを、けっして見逃してはいけない。50年代後半にカルロス・ジョビンらと共にヴィシニウスが作り出したボサノヴァも、もとはといえばサンバをヨーロッパエリートむけにソフィストケートしたなんちゃって民族音楽なのである。

劇中、俳優やエキストラの皆さんが演技も忘れ歌い踊るサンバの熱狂などどこにも感じられない、冷房がガンガンに効いたカフェでダーク・モカ・チップ・フラペチーノなんぞを飲みながら聴くにふさわしいスタイルミュージックなのである。そんなブラジルの白人エリートが書いた戯曲の中に監督のマルセル・カミュが“欺瞞”を見出だしたのかは知らないが、白人受けしそうな“異国情緒”と、ヨーロッパ知識層のプライドをくすぐる“ギリシャ神話からの引用”を、マシマシでトッピングした1本なのである。