月うさぎ

ナイル殺人事件の月うさぎのレビュー・感想・評価

ナイル殺人事件(1978年製作の映画)
3.8
アガサ・クリスティーの原作『ナイルに死す』の映画化作品。

ハネムーンにエジプト旅行へ出かけた夫婦にストーカーのように付きまとう夫の元カノ。その女は大富豪の新婦の親友だった。その結婚は掠奪婚だったのだ。
新婚旅行のナイル河クルーズの観光船の中、惨劇は起きる。

クリスティの作品中もっとも映画化にふさわしい作品、ということで今も愛されている映画です。

映画ならではのメリット。
豪華客船カルナーク号に乗ってエジプト周遊の旅をしている気分が味わえます。
実写にはつきものの、登場人物のカットとキャラクター設定の変更などがありますが、これにより原作の複雑な人間ドラマが超簡略化され把握しやすくなっています。
(それでも普通のミステリーよりも複雑に感じられるかもしれませんが)

映画版のリネットは、美しいけれど傲慢な大富豪で、狙われても当然な女として描かれていました。
そしてジャッキーは気がふれたような、切迫した雰囲気のいかにもアブナイ女。
船の乗船客が全員リネットに対する恨みや羨望や嫌悪を持っているという設定も原作と違います。
登場人物が減った分、全員に犯人の可能性を持たせたのです。

これによって人間的な深みはなくなって、登場人物の誰かに感情移入するのにも少々無理が出てくるのですよね。
やはり原作の持つ割り切れなさとか、クリスティが訴えたかった本当の部分は、小説を読んでいただくよりも他にないと思います。

この映画で映像を心に刻み「ナイルに死す」を読んでみてください。
美しくも狂おしい愛の物語で、クリスティ自身が推す力作です。
トリックは大したことはありません。メロドラマとして、はるかに重く切ないです。
そして登場人物に格段に厚みがあります。
例えば私はリネットは嫌いではありません。ただ金持ちすぎただけ、そして想像力が欠けていただけで。

これ以上は申し上げられませんが、殺人の動機となる犯人の性質が原作と映画とでは
全く異なる描き方をされている。とだけは申し上げておきます。

映画では謎解きや合理性よりも、映像の見事さ、ロケやセットの豪華さ。
なによりも魅力的な『キャスト』を楽しむべきなのかもと思います。

ピーター・ユスチノフ (男優) エルキュール・ポアロ
ベティ・デイヴィス(女優) ヴァン・スカイラー夫人
マギー・スミス(女優)  バウアーズ
ミア・ファロー(女優)  ジャクリーン
アンジェラ・ランズベリー(女優) サロメ・オッタボーン
ジョージ・ケネディ(男優) アンドリュー・ペニントン
オリヴィア・ハッセー(女優) ロザリー・オッタボーン
デヴィッド・ニーヴン (男優) レイス大佐
ジョン・フィンチ (男優)   ファーガソン
ジャック・ウォーデン(男優) ベスナー医師
ロイス・チャイルズ(女優) リネット・リッジウェイ・ドイル
サイモン・マッコーキンデル(男優) サイモン・ドイル
ジェーン・バーキン(女優) ルイーズ・ブルジェ

次回作「地中海殺人事件」でマギー・スミスはもホテルのオーナーで再出演。ジェーン・バーキンもメイドから奥様役に格上げです。アンジェラ・ランズベリーは後にクリスティの別の人気シリーズ、ミス・マープルの役を演じます。
そんな点も興味深いです。

ただし、ピーター・ユスチノフはポアロにしては巨漢すぎます。見かけが全然違います。上品さも感じられないし、人並み外れて几帳面にも見えません。なんか金満家で冒険家みたいな。実業家みたいな。
ポアロファンとしては、ちょっとがっかりなのだ。(T_T)

でも今ではポアロファンの99%はデヴィッド・スーシェのポアロに満足していますので、他の作品はご愛嬌ってことで心に余裕ができています。
(以前は誰のポアロが良いかってことで論争が起きていました)
公平のために申し上げるなら、ピーター・ユスチノフのポアロはユーモラスで、彼が好きっていう人もいます。
ケネス版と比べるなら、このポワロの方が優しくて、本来のポワロの性格に近いとも申し上げておきましょう。

ポアロが疑い問い詰めるたびに“想像上の犯行映像”が流れるのがしつこすぎ。
あと、毒蛇がポアロの部屋に放たれるなんて設定は原作にはありませんから!
それ、変でしょう?誰がやるの?蛇なんかどうやって仕入れるの?

あと、本当に最後の最後の結論が微妙に違うのですよね。

この映画で映像を心に刻んでから原作「ナイルに死す」を読むとわかりやすくなります。メロドラマとしては原作は映画よりもはるかに重く切ないです。登場人物に格段に厚みがあります。
サイモン・ドイルが女が虜になってしまう程魅力的でなければならないのに、マッコーキンデルがそんな男に全く見えない事がこの映画の致命傷だと、私は個人的には思っています。

旅を描くミステリーはクリスティが最初ではないでしょうか。舞台が外国という事ではなく、観光が描かれているミステリーは当時は珍しかったと思います。
そもそも旅行自体がそれほど庶民の娯楽ではなかった事と、一方ミステリーは上流階級の娯楽ではなかったはずなので。
クリスティが描かなければ、オリエント急行はとっくに姿を消していたでしょう。
クリスティは今でもミステリーの女王ですよ!
月うさぎ

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