ブタブタ

燃えつきた地図のブタブタのレビュー・感想・評価

燃えつきた地図(1968年製作の映画)
4.5

池袋・文芸座での『勝新太郎特集』で3月3日に上映するので行ける人は行って!!!!
「勅使河原宏DVDコレクション」にしか入っておらずレンタルでは見る事が出来ないのが非常に残念。

今はなき高円寺の超マニアック・レンタルビデオ屋「Auviss」が今もあれば絶対に置いてあると思う作品(或いは置いてあったのかもしれない)

実験・前衛文学の巨匠・安部公房の「失踪三部作」の1つ『燃えつきた地図』を安部公房自身による脚本、勅使河原宏監督のコンビでおくる『おとし穴』『砂の女』『他人の顔』に続く第四弾。

安部公房の前衛文学作品の映像化としてはベストでもうこれ以上のモノは作れないでしょう。
その実験的映像は60~70年代日本のレトロモダンなアヴァンギャルド・ムービー。

↓ネタバレ迄書いちゃってますが原作からしてオチがどうこう言う作品ではないのであしからずm(_ _)m



~あらすじ~
興信所の調査員《ぼく》(勝新太郎)は失踪した男・根室の《妻》(市原悦子)からの夫の捜索依頼の仕事を受ける。
しかし妻は非協力的で夫を心配する様子もやる気もなく会話もトンチンカンなものになる。

《妻》の弟であるヤクザに接触し弟から失踪者の日記があると言われるが弟はヤクザと日雇い労働者の暴動に巻き込まれ死亡する。
《妻》の部屋で調査の資料としてアルバムを見るが、そこからゲイであったヤクザの弟にとって姉である《妻》は唯一の「女でない女」でありこの姉弟には近親相姦的な恋愛感情があった事を知る。
失踪者は嫉妬から弟に殺されたのか?

次は失踪者の部下・田代(渥美清)に接触する。
田代は失踪者が素人ヌードモデル撮影クラブに出入りしておりその事が失踪に関わりがあると言うが話しがどうも噛み合わない。
田代はどうやら虚言癖があり《ぼく》に進んで協力を申出るも、その話しは殆どが嘘である。
《妻》から手かがりとして渡されたマッチを辿り訪れたカフェー「つばき」は非合法な白タクドライバーの斡旋所であり根室はどうやらここから失踪したらしい事を突き止めるも白タクドライバーたちに《ぼく》は袋叩きにされる。
怪我を負い朦朧とした意識で《妻》の家に辿り着き介抱されそのまま《ぼく》は《妻》と関係を持つ。
朝起きると《妻》は《ぼく》の為に朝食を作っている。
失踪した夫の代わりにそこが《ぼく》の居場所の様に。
《ぼく》は部屋を出て電話ボックスから《妻》に電話するもそのまま去る。
《ぼく》は失踪者になり話しは終わる。

オレンジや赤、紫にネガからポジへ反転するフィルムの映像。
60年代の東京・新宿の近過去の都市風景やクルマのサイドミラー越しの会話や肩越しに映る画面、極端なカメラワーク等々の実験映像とストーリーは失踪した人物を探すと言う探偵モノ、ですが通常のミステリーでは勿論なく結末もストーリーもあってない様なもので全ての謎は謎のまま。

新宿の喫茶店で《ぼく》と田代の会話シーン。
後ろに居る女が何故かじっとこっちを見ている。
外では柱に男が蹲っている。
この両者はストーリーに何の関係もない。
《ぼく》を下から見上げる構図で向かい合う田代の顔がグラスに映りそのフランシス・ベーコンの肖像画の様に歪んだ顔との会話がずっと続く。
「誰もが失踪者を探している訳ではない」
「逃げる事が出来ないから毎日下らない事にせいを出してる」
「(失踪者は)あんなふうに逃げ出してしまう事は凄く勇気がいる」
「しかし逃げ出した人間も同じ事をしてるのかもしれない」
「どいつもこいつも勝手に逃げ出して行きやがる...」
失踪者の捜索のはずが《ぼく》と田代の会話は形而上的で噛み合わずいつまでたっても何かの結論に達する事はない。

《ぼく》は《妻》の所から失踪した男を追っていた筈がいつしか《ぼく》の失踪で終わるという円環の構造であり、失踪した《ぼく》を《妻》はまた別の《ぼく》の使い探すのか、或いは失踪した夫の代わりを得る為にまた別の《ぼく》を手に入れようとするのか。
この終わらない堂々巡りは『ドグラ・マグラ』の様に延々と同じ事が繰り返されている様にも思える。

勝新太郎=座頭市と渥美清=寅さんと言う日本映画2大アイコンの共演は流石に豪華で超・華があり二人共普段のイメージとは程遠い役柄が逆に新鮮です。
この二人の共演シーン、やり取りは一種異様な「バディ物」にも見えます。
やはり渥美清=寅さんと言うフィルターが掛かっているせいかキャラクターが立っていて、この田代と言うキャラクターは敵なのか味方なのか?
田代は《ぼく》を更なる迷宮に導くナビゲーターであり《ぼく》と田代の関係は『ブレードランナー』のデッカードとガフを思わせます。
そして唐突な退場と共に強烈なインパクトを残す。
この田代と言う男の行動の奇妙さ。
田代もまた何者かの依頼・指令で失踪者を追っている別の《ぼく》なのかもしれない。

アイデンティティの喪失、カフカ的迷宮の幻想ハードボイルド...みたいな世界は現代劇ながら非常にSF的でPKディックを思わせます。

オリジナル・フィルムは消失している為、DVDは英語字幕版。
サイケデリックなタイトルバックに英字のスタッフ・キャストが出て《妻》が読み上げる「調査依頼書」が流れる。
家・ビル・クルマがビッシリと並ぶパズルの様な俯瞰からの東京の空撮。
この俯瞰からのカメラは《ぼく》と田代のシークエンスで幾何学な新宿の街を行くシーンでも使われ、光と闇の強烈なコントラストや思い切りパースがついた画面、人物に寄らず空間全体を固定して撮すカメラは主役は人間ではなくこの都市空間の方である冷たさや恐怖を感じます。

レイモンド・チャンドラー等の探偵モノ、ハードボイルドを骨子として舞台を非現実的世界に設定した作品としては『ブレードランナー(以下BR)』や『エレメント・オブ・クライム(以下EOC)』が有りますが、本作もそれの系譜の作品だとも言え、結末もハッキリと謎や事件が解決するのではなく『BR』のデッカードが追跡者から逃亡者に変わるラスト、『EOC』の探していたのは自分だったと言うラスト、また何故か主人公の乗るクルマが『BR』のポリススピナー『EOC』のフォルクスワーゲン『燃えつきた地図』ではスバル360とみんな丸みを帯びた昆虫的デザインなのも(何故か)共通してます。

安部公房×勅使河原宏による前衛実験映画シリーズ(?)は『砂の女』を除きレンタルで気軽に見る事が出来ない状態なのが残念です。
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