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ジャコ萬と鉄のArataのレビュー・感想・評価

ジャコ萬と鉄(1964年製作の映画)
4.4
少し前に、知人の勧めで鑑賞。

元々は谷口千吉監督、脚本は谷口監督と黒澤明氏との共作で1949年に制作。
本作は、1964年に同じ脚本で深作欣二監督によるリメイクとの事。
原作は、梶野悳三さんと言う昭和の小説家の方なのだとか。
機会があれば、原作や1949年版も見てみたい。



ゾクゾクする程美しい白黒の映像。
ダイナミックなカメラワーク。
「男」では無く「漢」の世界。
字幕が欲しいくらいに訛り倒した北海道の漁師と、戦後の方言が丸出しのヤン衆の言葉。
テンポも良く、話も分かりやすく、大変に魅力的な映像作品。




【あらすじ】
割愛



【感想など】
高倉健さんの、滅多に見る事の無い歌と踊りが素晴らしい。
喧嘩も強く、口も達者、ロマン溢れる魅力的な役柄。


丹波哲郎さん、復讐心むき出しではあるが、正々堂々としている描写も多く、凄味と色気のある演技がかっこいい。


馬そりのシーン、臨場感がある。


ニシン舟入水のシーンは、この上ない大迫力。


ソーラン節、私は北海道出身だが、訛りがキツいのか知らない歌詞なのか、うまく聞き取れなかった。


去り際の荷物の上の札束のシーン、不器用な優しさが垣間見える。


ラストの心理的に残酷とも思える描写も、明るい演技で悲しさの様なものはなく爽快。



・お金の話
50日間で、船頭が4200円、雇いが3000円との事だが、相場は船頭6000円の雇いが4000円とも言っていた。
昭和21年のお金の価値は、大卒公務員の初任給が540円、国会議員が1500円、総理大臣が3000円だそう。ちなみに映画のチケットは4円50銭。




【お酒】
鰊御殿などで皆が飲んでいるにごり酒。

丹波哲郎さん演じるジャコ萬は、一升瓶に入ったにごり酒を、茶碗の様な器でぐいぐい飲む。
高倉健さん演じる鉄をはじめ、周りのみんなも良く飲む。
大きな徳利も見えるが、中身は同じ濁り酒だろうか。

にごったお酒である事は一目瞭然だが、それが一体どんなお酒なのだろうか。
にごり酒、どぶろく、闇酒、自家醸造、合成酒、三倍増醸酒、などなど、様々な可能性が考えられる。


そこで、それぞれが誕生した時代や法整備の年などから検証する事にした。


・にごり酒
一言で言えば「濁った酒」だが、おりがらみ、うすにごり、活性にごりなどいくつかの種類がある。
更にどぶろくや貴醸酒も、広い意味で捉えると、同じく「濁った酒」だが、詳しくは後で述べることにする。

以上を踏まえて言うと、「にごり酒」は1964年に誕生したお酒である。
正確にかつ端的に言えば、お酒造りが免許制となり、様々な法整備が敷かれ、1899年(明治32年)に濁ったお酒が違法となった為、政府公認の酒蔵から作られ無くなっていたが、1964年(昭和39年)に京都伏見以下省略にて誕生。

にごり酒が、1964年に誕生したとすれば、ここで飲まれているお酒が、正規ルートで仕入れたものでは無いと言う事が分かる。

映画制作と同じ年なので、プロモーションの一環として作品に登場させたとするならば大正解である。
なぜなら、この作品を見た後の私の晩酌が、少し前に買ってあった「うすにごり」の日本酒にした位に、彼らはとても美味そうに飲んでいたからである。
1964年当時、どぶろくを密造する家庭も減ってきていたはずで、あの様な「にごり酒」はどこで飲めるのか、みんな渇望したであろうと思いを馳せる。。



・どぶろく
どぶろくは先に述べた通り1899年に禁止されたが、2002年の法改正により、特定の地域に限り幾つかの条件の下で生産が許されている。
この作品の舞台である1946年には、どぶろく造りは違法である。
しかしながら、戦後復旧は進んでおらず、世の中は混迷の最中にあり、お金に苦しんでいる描写もあるので、違法に自家醸造した物の可能性も考えられる。
また、闇市もまだまだ存在しているので、そこで仕入れた密造酒の可能性も大いにある。
取り締まりから逃れる為の、様々な隠し場所があったと、以前読んだ本に書いてあった。

瓶内の様子は、いつ見ても均一に濁っており、もろみを濾していない「どぶろく」にしては、ずいぶんと綺麗な様にも思える。
また、注ぐ際に傾けた瓶の内側の液体の筋がほとんど見受けられない為、 案外サラッとしている様に思える。
ひょっとしたら、にごり自体は強いが、米の甘みや旨みに加え、爽やかな酸味を併せ持つ佳酒なのかも知れないと、幻想を抱いてみる。。



・貴醸酒
お酒を水ではなくお酒で仕込んだ、贅沢なお酒。
誕生は1973年。
これもにごり酒同様、酒税法により正式に定められたのがこの年で、製法自体は太古の昔から既に存在していたとされる。
日本武尊が八岐大蛇を退治した際に用いたとされる「八塩折之の酒」とは、実は酒造学上では貴醸酒と言う事になる。

燗冷ましなどの余ったお酒を仕込み水として、貴醸酒の要領でどぶろくを作った可能性もあるので、一概に否定出来ないが、果たして。。



・合成酒、三倍増醸酒
これらの、いわゆるコスパの良いお酒の可能性は大いに考えられる。
三倍増醸酒は1949年(昭和24年)に法整備されたとあるので、存在自体はそれ以前からあったものと思われ、ここで飲まれていても不思議では無いはずである。
自家醸造のどぶろくの様なものに、これまた自家蒸留したお酒を加えたもの。
原料も、安く仕入れられる様々なものが用いる事が出来る上、貴醸酒の項でも述べた様な飲み残しを蒸留する事も容易に想像がつく。




映像でも分かるが、鰊漁は命がけ。
戦場での戦意向上の為の飲酒と、漁師の彼らの飲酒は、ひょっとしたら近い感覚なのかも知れない。



神事などで用いられるのはにごり酒で、様々な願掛けがされる。
おそらく、この鰊御殿では大漁祈願と言ったところだろう。

この場合のお酒は、神社などでどぶろくが作られる事もよくある。
ただし神事としてのお酒であって、持ち出しや販売は厳禁との事。

飲酒は、神との同化と言う説もある。
作品中ずっと飲みっぱなしの彼らだが、あらゆる場面で本当に神がかっている。
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