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菊次郎の夏のdeenityのレビュー・感想・評価

菊次郎の夏(1999年製作の映画)
3.5
もう夏も終わりですね。気持ちいい風を感じられるようになったこの夏の終わりにぴったりの映画です。北野武作品は結構評価に差がある印象ですが、本作はゆったりとした空気感の流れるほのぼのストーリー。両親がいない正男くんは夏休みなのにどこにも行けず、お母さんがいるという豊橋まで謎の菊次郎というおじちゃんと旅をするという展開。

まあこの武が演じる菊次郎がクソ野郎ですね。「バカヤロー、コノヤロー」と何回言ったんでしょうか。競輪やら喧嘩やらパンクやら、襲われそうになったからって財布を取ってきちゃうし、全くもって真似してはいけない、関わってはいけない奴のオンパレードのおっちゃんです。
それでも正男がついていくのは当然頼る人がいないのはもちろんですが、根本にあるのは寂しさの塊なんですね。序盤の見せ方から上手かったですね。グラウンドを俯瞰で映すショットや友達の家を訪ねるもチャイム音ではなく呼びかけに対する無音という返し、友達と一緒に降りてきたと思ったら一人だけ取り残されるという演出。見事なまでにはばられているように見せるからこそ正男の物寂しさが際立つわけです。

だからどこの知らないおっちゃんでもそばにいてくれる存在というのが大きいわけです。
菊次郎は確かに自由奔放で関わってはいけない人に見えますが、それでも正男のそばには必ずいるわけで、同じ境遇を味わったからこその優しさが不器用ながらにあるのを感じます。だからお母さんの住所まで辿り着いた時の表情というのはそれまでとは全然違っていて、終始ふざけまくっていた菊次郎から優しさが溢れ出すのです。

北野映画は独特の間がありますよね。まるで映像なのに画像として切り取ったように一コマとして固まっているあの間。くだらないワンシーンワンシーン、一コマ一コマの繰り返しによる作品ですが、そこには笑いと優しさが溢れているのです。「菊次郎だよ、バカヤロー」と名乗った笑顔が溢れているのです。
だから帰っていく正男の後ろ姿ではわかりませんが、きっと表情には一生懸命走りながらも口角を上げて笑顔で帰っていくんだろうな、と思えるのです。

もちろん、この作品に関わってくる多くのキャラがみんないい人で、こんな時代だったのかなって温かくなります。今の時代であんなことしようものなら確実について行っちゃダメと叱られますし、親切で連れていくのもいい目では見られないでしょう。さすがに現実としてこんなことは1999年でもありえないとは思えますが、それでも温かさに溢れたこの作品は音楽の素晴らしさと相まって夏にぴったりの作品だと思いました。
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